20171028
20170521
無題
もう2017年も半分にさしかかるって。今日はバカみたいに暑かったね。今の季節でこんなふうなら、夏が来たら一体どうなっちゃうの?最高気温が50℃になっても、未来人は適応していくしかない。適応できずに老いた私は死ぬしかない。日焼け止めをたくさん塗る。白い肌でいたいから。なんで?きれいだから。白くない肌はきれいじゃないの?どうしてきれいにならなきゃいけないの?汚いとつらいから。なんで?誰かに何か言われたの?ううん、でもきっと、わたしが好きな人はみんな、きれいが好きだと思うから。一緒にいる人に対して、失礼のないように、敬意をはらうためにおしゃれをするようになった。ブスが着飾ったところで、ブスはブスじゃん、と思っていたけど、小汚いブスと並んで歩くのはもっと嫌だろうなと気付いて、そんな不純で情けない動機によって服を着ている。とりあえずボロボロじゃない身なりなら、人に恥をかかせなくて済む、と安心している。じゃあ好きな人がこの世界に一人もいなくなったら、誰の目も気にしなくなって、全部どうでもよくなって、お風呂にも入らなくなる?なんでいつもそう極端なの?間はないわけ?でも社会って、女性に化粧を義務付けているでしょ?洗面台の掃除をサボると、すぐに排水口の周りが変な色になる。顔を洗いながら、ファンデーションの色だと気付く。下水には、毎日たくさんの女のよそ行きの顔が流れている。健康そうに見える血色とか、守りたくなるような涙袋とかが、何百万、何千万と流れている。それを濾した水を飲んでいるんだな。とはいえ男性も化粧をしたり、毛を処理するのが当たり前の世の中になったら、女はこれ以上どうしようもない。ジェンダーレスと言ってもきっと、男ですらこれだけ美しさを維持しているのだから、女ならなおさらもっと美しくあれよ、となるでしょう。そうしたらもう、人の言葉を鵜呑みにする心が空っぽな女の子たちがみんな揃って整形狂いになって、自分自身を抹消してでも、顔にサクっとメスを入れて量産型のカワイイになるしかないんじゃない?それか肉体を捨てて、botみたいな、神様みたいな、概念になるしかないんじゃない?
不幸なニュースを見ていると気が滅入るので、ニュースをほとんど見なくなって5年以上経ったけど、口寂しさからガムを噛むような感覚なのか、最近再びニュースを見るようになった。以前と違う点は、不幸なニュースに対して何も感じなくなったことと、才能のある人や、才能はないのに支持されている人を妬んでしまうということ。彼らは何も悪くない。むしろ世界に貢献しているのだから、むしろ良い。みんなに愛されてる。みんなのクオリティーオブライフを向上させてる。素晴らしいではないか。でも私が私をもっと嫌いになるための口実になってしまうから、見たくないし、聞きたくないし、Yahooニュースにもならないでほしい。
他人のうまくいっているほんの一部分を見ては、なんて不公平なんだ、あーあ、あの人は恵まれているんだ、だからだよ、いいな〜恵まれてる人はさ、努力しなくてもトントンうまくいくし、努力しているのだとしたら、努力できるだけの環境と気力があるってことでしょ、恵まれてるってことじゃんそれはさ、でも恵まれてるくせにどうせつまんないことで、つらいとか思って泣いてるんでしょ、感受性も豊かなまま殺さずにいられるんだから、ほらやっぱり恵まれてる、いいよね〜、とかそういう言葉しか頭の中に浮かばなくなって、でもどんなに私のことを嫌っても、私のこと世界で誰よりも嫌ってるのは私だからね、なんて具合に恐ろしい呪縛から逃れられない。この呪いにかかった者は生涯醜くなり続けるのだ。マイナスとマイナスを掛けるとプラスになるのは数字だけの話で、悪い見た目と悪い中身を掛けると、ほとほと救いようがない。ああなんかもう全部面倒くさい。
一人でいることを寂しいと思ったことがない。人に会いたいと思うことはあるけど、寂しいから会うんじゃなくて、好きだから会うんだ。寂しいと感じたことがないわけではなくて、寂しいのはもう、生まれた瞬間から始まっちゃってることだから、今さら思うことなんてない。私は地球に住んでいる人間です。日本人です。呼吸や瞬きを繰り返しています。とかいちいち思わないのと一緒で、人間は寂しいものだし、親しくても別の人間だから、私の気持ちなんて分かるはずないなんて言葉にも、いやそりゃそうじゃん、あんたも私の気持ち分かんないでしょうよ。と返したくなる。1mmも誤差なく分かり合うことなんて絶対に出来ない。不可能。だから分かり合いたいんでしょ。みんなが全く同じ気持ちになる音楽なんてない。だから一緒に聴きたいんでしょ。寂しいから絶対揺るぎない好きをあげたいしもらいたいんでしょ。絶対揺るぎない好きってなんだ。わからないけどちょっとやそっとじゃ好きをやめられないような。ちょっとやそっとじゃなくて結構かなり深刻なことでも嫌いになれないような。死ぬまで、死んでもまだ思うような。どんどん二人が一人に混ざり合っていく錯覚と、どうしたってそれぞれ別の人間だと思い知らされる絶望の狭間のような。
不幸なニュースを見ていると気が滅入るので、ニュースをほとんど見なくなって5年以上経ったけど、口寂しさからガムを噛むような感覚なのか、最近再びニュースを見るようになった。以前と違う点は、不幸なニュースに対して何も感じなくなったことと、才能のある人や、才能はないのに支持されている人を妬んでしまうということ。彼らは何も悪くない。むしろ世界に貢献しているのだから、むしろ良い。みんなに愛されてる。みんなのクオリティーオブライフを向上させてる。素晴らしいではないか。でも私が私をもっと嫌いになるための口実になってしまうから、見たくないし、聞きたくないし、Yahooニュースにもならないでほしい。
他人のうまくいっているほんの一部分を見ては、なんて不公平なんだ、あーあ、あの人は恵まれているんだ、だからだよ、いいな〜恵まれてる人はさ、努力しなくてもトントンうまくいくし、努力しているのだとしたら、努力できるだけの環境と気力があるってことでしょ、恵まれてるってことじゃんそれはさ、でも恵まれてるくせにどうせつまんないことで、つらいとか思って泣いてるんでしょ、感受性も豊かなまま殺さずにいられるんだから、ほらやっぱり恵まれてる、いいよね〜、とかそういう言葉しか頭の中に浮かばなくなって、でもどんなに私のことを嫌っても、私のこと世界で誰よりも嫌ってるのは私だからね、なんて具合に恐ろしい呪縛から逃れられない。この呪いにかかった者は生涯醜くなり続けるのだ。マイナスとマイナスを掛けるとプラスになるのは数字だけの話で、悪い見た目と悪い中身を掛けると、ほとほと救いようがない。ああなんかもう全部面倒くさい。
一人でいることを寂しいと思ったことがない。人に会いたいと思うことはあるけど、寂しいから会うんじゃなくて、好きだから会うんだ。寂しいと感じたことがないわけではなくて、寂しいのはもう、生まれた瞬間から始まっちゃってることだから、今さら思うことなんてない。私は地球に住んでいる人間です。日本人です。呼吸や瞬きを繰り返しています。とかいちいち思わないのと一緒で、人間は寂しいものだし、親しくても別の人間だから、私の気持ちなんて分かるはずないなんて言葉にも、いやそりゃそうじゃん、あんたも私の気持ち分かんないでしょうよ。と返したくなる。1mmも誤差なく分かり合うことなんて絶対に出来ない。不可能。だから分かり合いたいんでしょ。みんなが全く同じ気持ちになる音楽なんてない。だから一緒に聴きたいんでしょ。寂しいから絶対揺るぎない好きをあげたいしもらいたいんでしょ。絶対揺るぎない好きってなんだ。わからないけどちょっとやそっとじゃ好きをやめられないような。ちょっとやそっとじゃなくて結構かなり深刻なことでも嫌いになれないような。死ぬまで、死んでもまだ思うような。どんどん二人が一人に混ざり合っていく錯覚と、どうしたってそれぞれ別の人間だと思い知らされる絶望の狭間のような。
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