20160328

無題

友達が、2駅となりに引っ越してきた
家具の組み立てと、荷ほどきを手伝いに行ったら、
部屋がとても広くて新しくて快適そうだった
何よりいちばん良かったのは、窓から見える集合住宅の屋上に、
まあるい給水タンクがきれいに3つ並んでいること
毎日まあるい給水タンクを見つめては、いつもと変わらずそこにあるな、と、
毎日穏やかな気持ちになれるような

うちはワンルームの中でもかなり狭い部類に入るので、
今すごく本棚が欲しいけど、置く場所がないから買えない
本がどんどん増えていく、と言っても読むのは遅いから、買い溜めみたいになっている
実用書だとか、専門書だとか、ハウツー本、シナリオ本、随筆、色々
読書に対する苦手意識や、知らない立場を利用するのとか、もういい加減やめた方がいいな、成長しないな、と考えを改めつつある

純粋に学びたい、という気持ちもあるけれど、
私は知識をひけらかすタイプの人間になんかむかつく、と思いがちで、
とにかくいけすかないというか、だから何?なのである
知識はあくまでお金と同じように手段なのであって、それ自体を自慢したところで、
すごい!とはならない、ならない絶対に
その知識を何に繋げるか、色々知った上で自分はどう考えるか、
そういうのが大事でしょ、と思う

ただ、何事もその世界をよく知りもしないで、
軽はずみにディスるのがいちばんダサいので、私も多少知識を得たうえで、
オタク的な押し付けがましさや、知識武装で優位に立とうとする感じや、
教えてあげてますカッコいい俺が、的なうぬぼれを、
対等な立場で大いにディスりたい
前に、タバコというものをちゃんと理解した上でディスるために、
タバコを吸っていた時期があったけど、結果喘息になったので、リスクもある
そもそもディスりたいわけだから、
経験したところで痛い目見たり、肌に合わないのは当然
でも知らないくせにって言われるより全然いい
(実際経験して、タバコそのものが悪なのではなく、配慮が出来ない終わってる喫煙者が悪だということも分かったし)

悪口言ってる時がいちばんいい顔してる、とよく言われる
どんどんいい顔したい

20160308

無題

たぶんこういうのは間違ってる
はいどうぞとこちらに提供されたものしか受け取らず、
何も気付かず、ただ消費してそれが当たり前になるのがどうしても嫌で、
私はそこにあるものに自分で気付きたいし見つけたいし綺麗だと思いたいので、
そういうものを探すために、使い捨てカメラを持ち歩くことにした
本来なら綺麗と感じたから撮るのが道理で、
綺麗と感じるために撮るのはたぶん間違ってる
でもこれが私の今出来る精一杯で、写真がよく撮れてるとか、何を撮ったとかは本当にどうでも良くて、ただその瞬間少し心が動いて、それを記録したということだけが重要
心が麻痺するのがこわいと思い続けていたい

理想の生活と真逆だから毎日結構ギリギリでしんどい
毎日思い通りにいかないから、思い通りにいかないカメラがいいなと思って使い捨てにした
でもカメラだけじゃなくて、日々も使い捨ててる
思い通りにいかなくて退屈でそれでいてひどく疲れた1日だった、といつも思う
平日は大体そう、休日も休んで終わる

現像とプリントの仕上がりをささやかな楽しみにしている

20160302

無題

頭の中でずっと続いてるものを終わらせちゃいけない気がしていて、たとえ形が変わってもちゃんと続いていくことが大切で、形はいつでも、いくらでも取り戻せると思ってる

無題

本当なら、色んなことが過ぎ去って、全貌が見えて、
経験値もあって、分かってる現在、未来の自分が過去の自分を励ますべきなのに、
いつだって過去の自分に励まされる現在が更新され続けている
2016年にはまだ未来から過去に何かを伝えることは出来ない
何も見えなくて余裕がなくて不安でいっぱいな自分に励まされるなんてすごく変だけど、涼しい顔して思い出を語る人よりも、もがいてる姿に心打たれることってあるんだろうなと思う

もう存在していないかもしれない、ずっとずっと昔の星の光に勇気付けられるように、
私がもういなくても、過去の私の言葉や何かが、どこかで勇気になるようなことはあるのかな