何が食べたいのか分からない時がよくあるけれど、今日はまさしくそれだった。昼はコンビニで適当に買って適当に食べた。別にこれが食べたいわけじゃないけど、他に食べたいものもないし、と思いながら口に運んで、噛んで飲む。そんな感じだった。
晩は何を食べようか、考えながら適当に歩いた。途中本屋に寄って、頭の片隅で何が食べたいか考えながら、本の背表紙のタイトルを読んだり、きれいな表紙の本を眺めたりした。(関係ないけれど、あまり読書家でもなく、作者や作品について詳しくない人間が、なんとなくこんな本が読みたいな、なんて思っても、△△文庫、だとか◆◆文庫といった具合に分類されていると、感覚的に見つけるのは不可能に近いと思ってしまうけれど、正しい探し方を知らないだけなのかもしれない。)心惹かれる本があっても、そこの本屋は夜の時間帯、レジに若い男子しかいないので、おつりを受け取る時に万が一すこしだけ手が触れて、私の手汗に不快な気持ちを抱かせてしまったら、ただただ可哀想と思い、その場で買うことが出来ずに、あとからネットで買うことになる。スーパーでも大体は女性のレジに並ぶ。そこそこ長く生きて、子供の一人や二人育てている女性なら(本当は見た目より若いかもしれないし、独身かもしれないし、子供もいないかもしれないけれど)、他人の手汗なんて、今日の天気は曇りね、くらいの些細な問題として気にもとめないに違いない。
本屋を出て、道を歩きながら、飲食店があれば看板のメニューを見て、首を捻ってまた歩く。そうしているうちに、前に一度だけ行ったことのある中華料理屋を思い出した。こんな言い方は失礼だけど、なぜかとても美味しく感じる中華料理屋。
店に入ると、一人も客がいなかった。ガランとした店内を見ると、とたんに自分の味覚に自信がなくなった。すぐに店員のお姉さんが出てきて、一番入り口に近い席に案内された。前来たときもそうだったけれど、このお姉さんはとても明るくて感じがいいのに、サバサバしていて、接客している瞬間以外は私の存在なんてまったく見えていないかのような様子で、それがこちらとしてはとても嬉しい。外でご飯を食べると、緊張して味があまり分からないことが多いのに、ぜんぜん緊張しない。お姉さんが「決まったら呼んでください」と言い終わらないうちに、遮るようにエビチリ定食を頼んだ。厨房の奥からは、お姉さんと、おばさんと、電話のスピーカー越しに話す女性3人の楽しそうな中国語がずっと聞こえている。怒っているような攻撃的な話し方の中国語が多いような気がする中、彼女たちのは、なんだかもっとまるっとしている。それに何を話しているのかさっぱり分からないので、知らない国の音楽を聴いているような気持ちになった。なんとなく会話を聞きながらなんとなく本を読んで待った。
やっぱりエビチリはとっても美味しかった。できたてだからかもしれないし、食べたい時に食べているからかもしれないし、分からない。いずれ誰かと一緒に行って、誰が食べても確かにおいしいという確証を得なければ。それにしても、一緒についてくる杏仁風味の寒天はぜーんぜん美味しくない。それがまたいい。
おなかがいっぱいになって、店を出て、人通りの少ない道を歩いていたら、iPodからドビュッシー流れて、中二病っぽくて心地よかった。枯れ葉が木の高いところで、カサカサと揺れているのが、オレンジ色の街灯で照らされて、それを通り過ぎると、ひまわりが一輪だけ咲いていて、それをいつも見てはちょっと笑ってしまう。もうほぼ枯れかけているのに、何をそんなに頑張っているのか。呆れるくらいに一生懸命なので、清々しいし眩しい。優しい人は好きだけど、心が美しくて、性格があまりに良すぎる人とは仲良くできなかった。自分の汚いところをまざまざと突きつけられて、きっと共感してもらえないから。それなのに、きっとそういう優しい人は、「わかるよ」とか言うに決まってる。わかるはずないと全力で思う自分がまた嫌になる。眩しすぎて直視できない類の人々を思い出す。
電車に乗って、最寄り駅で降りると、エレベーターの前に蛍光オレンジのスーパーボールが1個落ちていた。あれは駅の人か掃除の人に処分されるのだろうか。されるのだろうな。ガラクタ同然の落とし物を見るといつも、誰かにとっては宝物かもしれない、と落ち着かない気分になってしまう。
家の近くのドラッグストアに行って、目薬を買った。目は大事。ずっと見えていたい。でも視力はどんどん落ちているし、死んだ祖母のように、父親も目の手術をするらしい。私もいつかは手術しなければならないほど、黒目が白く濁ってしまうかな。目が見えなくても、頭の中で顔や景色がはっきりと思い出せるような仕組みがあればいいのに。ドラッグストアから家に帰る途中、ビンに入った、ビタミンCの黄色い飲み物を歩きながら飲んだ。反対側に歩いて行く人とすれ違うたびに、部活の帰りにこっそり買い食いするような、なんだか悪いことをしているような気持ちになって、とてもスリリングだった。
20161201
20161120
無題
知らない人のことは、本当に全然知らないのだけれど、何かの拍子に影響を受けたりなんかして、背筋が伸びるような気持ちにさせられた。
世界は広いけれど、あるひとつの分野の世界はとても狭く、遠くにいると思っていた人が知り合いの知り合いだったりして、妙に現実味を感じてしまい、無関係であっても思うことはある。
もうとっくに冬のような感じなのに、やっとダッフルコートを着た。
世界は広いけれど、あるひとつの分野の世界はとても狭く、遠くにいると思っていた人が知り合いの知り合いだったりして、妙に現実味を感じてしまい、無関係であっても思うことはある。
もうとっくに冬のような感じなのに、やっとダッフルコートを着た。
クリーニング屋の匂いに全身が包まれる。
帰り道、冷たい風に身震いしながら、勝手に早歩きになる。
マンションの近くで、息が白いことに気が付いた。
白い息に気付くのは、ため息をついた時だけ。
家に近付き、気が緩んだ瞬間、無意識についたため息が、とても白かったこと。
それから何度も深呼吸を繰り返し、白い空気がすうっと消えるのを見たこと。
すぐに忘れてしまうだろうけど、また次の冬のはじめに、同じ気持ちになれるのを、今から楽しみにしている。
20161020
無題
昨日の朝、電車で、もう夏が終わることに気付いたので、急いで夏休みをとった。
今朝は8時に目覚ましが鳴って、もう一度目が覚めたら10時だった。今日は夏休みだと気付いて、しばらくボーッとした。
洗濯をして、部屋の片付けをして、大量の古雑誌を捨てた。外は天気が良さそう、とカーテンの向こうを見て思った。
銀行に行って、両替して、郵便局に行って、印字が満杯の通帳を新しいものに切り替えた。天気がいいので、半袖でもちょうどいいくらいの夏休み日和。
それから電車に乗った。川がキラキラしていて、もうすすきがたくさん生えていた。平日の夕方の景色を見るのは久しぶりで、とても良かった。
電車を降りて、しばらく歩いて、町はずれの温水プールに行った。靴を脱いで脱衣所に入ると、床が濡れていて靴下に染みたので、ロッカーに荷物を詰めて、その上に靴下を乗せた。
水中をゆっくり歩く高齢者たちや、無秩序に遊ぶ親子を避けながら、ビート板につかまって2時間弱泳いだ。意外とのどが渇いた。あと指先がしわしわになっていた。
帰る頃には外は真っ暗だった。さっきまで水の中にいたので、道を歩くのがとても簡単に感じて、宇宙に行くとこんな感じだろうか、と思った。
少し遠回りして歩いて、家に帰って、水着を洗った。
夏休みらしい秋の1日が過ごせて、満足している。
今朝は8時に目覚ましが鳴って、もう一度目が覚めたら10時だった。今日は夏休みだと気付いて、しばらくボーッとした。
洗濯をして、部屋の片付けをして、大量の古雑誌を捨てた。外は天気が良さそう、とカーテンの向こうを見て思った。
銀行に行って、両替して、郵便局に行って、印字が満杯の通帳を新しいものに切り替えた。天気がいいので、半袖でもちょうどいいくらいの夏休み日和。
それから電車に乗った。川がキラキラしていて、もうすすきがたくさん生えていた。平日の夕方の景色を見るのは久しぶりで、とても良かった。
電車を降りて、しばらく歩いて、町はずれの温水プールに行った。靴を脱いで脱衣所に入ると、床が濡れていて靴下に染みたので、ロッカーに荷物を詰めて、その上に靴下を乗せた。
水中をゆっくり歩く高齢者たちや、無秩序に遊ぶ親子を避けながら、ビート板につかまって2時間弱泳いだ。意外とのどが渇いた。あと指先がしわしわになっていた。
帰る頃には外は真っ暗だった。さっきまで水の中にいたので、道を歩くのがとても簡単に感じて、宇宙に行くとこんな感じだろうか、と思った。
少し遠回りして歩いて、家に帰って、水着を洗った。
夏休みらしい秋の1日が過ごせて、満足している。
20161001
無題
金木犀は、木星みたいだし、金星みたいでもある。でも犀という字は、動物のサイの意味で、それでいてあんなに甘い匂いがするなんて、変なの。可愛くて懐かしい香りを思い切り吸い込むと、胸がいっぱいになる。金木犀の香りを点々と辿りながら、住宅地を歩いた。一年中咲いていたらいいのに。
世界の大部分は、清らかで正しいものだとずっと思っていたけれど、それはただ単に自分と深く関わる人たちが、素直で偽りないという、ほんの小さな一部分で、ほんとうの世界の大部分は、どうやら酷いものらしい。でも嘘をついている、とか、騙している、とか、悪いことをしている、とか、そういう意識もないらしい。大人になると多くの人は、なんのためらいもなく嘘をつくようになる。そんな自分さえも正当化する。
世界に抗って、正直でい続けることは、ひどく苦しくて、痛い。だからみんな楽な方に流されて、仕方ない、とか、必要だ、とか言って、なんとなく世界に従う。
ひどく苦しくて、痛くても、抗って抗って正直でいたい。何が正しいとか何が間違っているとかは、人の価値観によってまるで違うから判断できないけれど、でも絶対に、正直は美しい。だから何にも染まらずに、強い気持ちを持ち続けたい。
世の中に希望がなくても、自分の中に希望があればいいし、世界が真っ暗でも、自分が発光すればいい。
世界の大部分は、清らかで正しいものだとずっと思っていたけれど、それはただ単に自分と深く関わる人たちが、素直で偽りないという、ほんの小さな一部分で、ほんとうの世界の大部分は、どうやら酷いものらしい。でも嘘をついている、とか、騙している、とか、悪いことをしている、とか、そういう意識もないらしい。大人になると多くの人は、なんのためらいもなく嘘をつくようになる。そんな自分さえも正当化する。
世界に抗って、正直でい続けることは、ひどく苦しくて、痛い。だからみんな楽な方に流されて、仕方ない、とか、必要だ、とか言って、なんとなく世界に従う。
ひどく苦しくて、痛くても、抗って抗って正直でいたい。何が正しいとか何が間違っているとかは、人の価値観によってまるで違うから判断できないけれど、でも絶対に、正直は美しい。だから何にも染まらずに、強い気持ちを持ち続けたい。
世の中に希望がなくても、自分の中に希望があればいいし、世界が真っ暗でも、自分が発光すればいい。
20160808
台風5号
台風が接近している。空気は呼気みたいに生温かく湿っていて、チリやホコリが風に舞っては、同じところをグルグルと回っている。私は薄目を開けながら歩く。
天気予報で台風の接近が予想されると、途端に街じゅうのレジ袋が、意思を持ち始め、飛び回るので、普段の10倍くらいの袋が見られる現象が起こる。
空気も建物も、どんよりと灰色になって、電光掲示板や看板の鮮やかな明かりの色が、妙に浮いて見える。低くて重たい雲が、空を覆い隠している。向こう側にある西日の光で、黒っぽい雲の輪郭だけが、蛍光オレンジに輝いている。(雲といえば、CGを見て、本物みたい!と思うのが通常のはずが、本物の雲を見た時に、CGみたい!と感じることがあまりにも多いので、なんだかおかしなことになっている。私が存在しているのは、現実世界ではなく、電脳世界なのかもしれない。)
じんわりと汗をかいて、束になった髪の毛がおでこに貼り付く。台風の前ぶれにより起こるすべてのことが、ひどく胸をざわつかせる。自分の身体がこのまま野獣か化け物になってしまう気さえしてきた。牙が生え、全身は毛に覆われ、鼻が飛び出て、爪が鋭く伸び、喉の奥から低いうなり声が勝手に鳴る。目は紅く血走って、人間の肉を求めるのだ。再び人間に戻った時には、友達を食べたことも覚えていない。ああ。
台風は不穏な気持ちを運んでくるけれど、でも世界が全部滅びたら、それはそれで心穏やかになる気がする。人間も電車もない世界は、理想郷そのもの。
街や駅や電車は、人で溢れて、その中に私がいて、昔のことや、誰かのことを考えて涙が出そうになるとき、他の人たちは今この瞬間、一体何を考えているんだろうと思う。涙を乾かすために、まばたきを我慢しているとき、スマホを見ている人たちは、何を考えているんだろう。夕食の献立?次の休みの予定?集合住宅の窓の明かりの色のことは?500年後の未来のことは?自分以外のたくさんの人たちの、頭と心が覗けたらいいのに、と思う。自分以外の人たちにそれぞれ生活があって、人生がある、というのが小さい頃からどこか信じられないところがあった。私が消えた途端、世界も消えるかもしれない。他の人たちも、そんな風に思っているだろうか。いつだって、理由もなく悲しい気持ちにむしばまれそうになっているだろうか。私は普通だろうか。それとも頭がおかしいだろうか。特別だろうか。みんなそうだろうか。
大勢にとってどうでもよくても、誰かにとって特別であれば、それは特別なわけだから、私もそういう風になりたい。誰かの特別になれたら、もちろんうれしいけど、自分にとって誰かを特別に思うのは、おこがましいし、引け目を感じる。自分なんかに好かれたら、きっと迷惑だろうな、なんて中学生のようなことを大人になってもまだ思っている。劣等感が強いので、仲良くしてもらってる、とか、一緒にいてくれてる、とか思う。それは相手にも失礼なのでよくない。私は人の良いところを見つけるのがとても上手いし、自分の悪いところを見つけるのは、もっと上手い。
私が神様なら、悲しみと美しさは比例していて、それは科学的にも実証されています、ほんとうです。と公表して、人びとが、自信を持って悲しめるような、悲しみを肯定出来るような世界を作ることでしょう。笑顔が一番とか、前向きが一番とか、そんなの知ってるわ、うるせえわ、出来るならとっくにやっとるわバカ。と思うので、美しいなら、まあいいか、ああ悲しい、でも美しさを感じる心がどんどん研ぎ澄まされていく気がする。幸せ。悲しい。忙しい。笑っちゃう。となったらいい。悲しがりの権利はこうして守られるのであった。
天気予報で台風の接近が予想されると、途端に街じゅうのレジ袋が、意思を持ち始め、飛び回るので、普段の10倍くらいの袋が見られる現象が起こる。
空気も建物も、どんよりと灰色になって、電光掲示板や看板の鮮やかな明かりの色が、妙に浮いて見える。低くて重たい雲が、空を覆い隠している。向こう側にある西日の光で、黒っぽい雲の輪郭だけが、蛍光オレンジに輝いている。(雲といえば、CGを見て、本物みたい!と思うのが通常のはずが、本物の雲を見た時に、CGみたい!と感じることがあまりにも多いので、なんだかおかしなことになっている。私が存在しているのは、現実世界ではなく、電脳世界なのかもしれない。)
じんわりと汗をかいて、束になった髪の毛がおでこに貼り付く。台風の前ぶれにより起こるすべてのことが、ひどく胸をざわつかせる。自分の身体がこのまま野獣か化け物になってしまう気さえしてきた。牙が生え、全身は毛に覆われ、鼻が飛び出て、爪が鋭く伸び、喉の奥から低いうなり声が勝手に鳴る。目は紅く血走って、人間の肉を求めるのだ。再び人間に戻った時には、友達を食べたことも覚えていない。ああ。
台風は不穏な気持ちを運んでくるけれど、でも世界が全部滅びたら、それはそれで心穏やかになる気がする。人間も電車もない世界は、理想郷そのもの。
街や駅や電車は、人で溢れて、その中に私がいて、昔のことや、誰かのことを考えて涙が出そうになるとき、他の人たちは今この瞬間、一体何を考えているんだろうと思う。涙を乾かすために、まばたきを我慢しているとき、スマホを見ている人たちは、何を考えているんだろう。夕食の献立?次の休みの予定?集合住宅の窓の明かりの色のことは?500年後の未来のことは?自分以外のたくさんの人たちの、頭と心が覗けたらいいのに、と思う。自分以外の人たちにそれぞれ生活があって、人生がある、というのが小さい頃からどこか信じられないところがあった。私が消えた途端、世界も消えるかもしれない。他の人たちも、そんな風に思っているだろうか。いつだって、理由もなく悲しい気持ちにむしばまれそうになっているだろうか。私は普通だろうか。それとも頭がおかしいだろうか。特別だろうか。みんなそうだろうか。
大勢にとってどうでもよくても、誰かにとって特別であれば、それは特別なわけだから、私もそういう風になりたい。誰かの特別になれたら、もちろんうれしいけど、自分にとって誰かを特別に思うのは、おこがましいし、引け目を感じる。自分なんかに好かれたら、きっと迷惑だろうな、なんて中学生のようなことを大人になってもまだ思っている。劣等感が強いので、仲良くしてもらってる、とか、一緒にいてくれてる、とか思う。それは相手にも失礼なのでよくない。私は人の良いところを見つけるのがとても上手いし、自分の悪いところを見つけるのは、もっと上手い。
私が神様なら、悲しみと美しさは比例していて、それは科学的にも実証されています、ほんとうです。と公表して、人びとが、自信を持って悲しめるような、悲しみを肯定出来るような世界を作ることでしょう。笑顔が一番とか、前向きが一番とか、そんなの知ってるわ、うるせえわ、出来るならとっくにやっとるわバカ。と思うので、美しいなら、まあいいか、ああ悲しい、でも美しさを感じる心がどんどん研ぎ澄まされていく気がする。幸せ。悲しい。忙しい。笑っちゃう。となったらいい。悲しがりの権利はこうして守られるのであった。
20160804
無題
最近あった悲しいことは、
毎朝、電車の窓から見えるガスタンクが、
新しく建ったマンションで遮られて、見えなくなってしまったこと。
大きな薄緑色の球体が3つ、上半分だけぽっかり現れる、異様な様子。
毎朝それをよく見たくて、つり革に掴まりながら、背伸びをしていた。
でも、もう電車を降りて、マンションの向こう側まで行かない限り、見ることはない。
多摩川、テニスコート、銭湯の煙突、屋上、看板、タクシー会社の駐車場、
布団をたたむように、顔を洗うように、目で追うことが習慣になっている、そんな風景があって、
ただ見るだけで、おまじないみたいに、ささくれ立った心がほんの一瞬柔らかくなる。
変わらずそこにあるということが、救いになっている。
久しぶりに会う人には、大抵、全然変わらないね、と言われる。
相手に悪意はなくても、私としては、人から遅れをとってるだとか、
全然成長してないだとか、すべて悪い意味に捉えてしまう。
はいはいどうせ、そうですよ、みなさんご立派ですこと、
生活も、環境も、見た目も、考えも、めくるめく変わって、素晴らしいわね、
と、家に帰ってからも、心の中でふつふつする。そういう自分のことも嫌だし。
でも川やガスタンクはただあるだけで、そんな風には思わないからすごい。偉い。
毎朝私にほんのちょっとの勇気をくれたガスタンクみたいに、
私も誰かのおまじないになれるのかな。
毎朝、電車の窓から見えるガスタンクが、
新しく建ったマンションで遮られて、見えなくなってしまったこと。
大きな薄緑色の球体が3つ、上半分だけぽっかり現れる、異様な様子。
毎朝それをよく見たくて、つり革に掴まりながら、背伸びをしていた。
でも、もう電車を降りて、マンションの向こう側まで行かない限り、見ることはない。
多摩川、テニスコート、銭湯の煙突、屋上、看板、タクシー会社の駐車場、
布団をたたむように、顔を洗うように、目で追うことが習慣になっている、そんな風景があって、
ただ見るだけで、おまじないみたいに、ささくれ立った心がほんの一瞬柔らかくなる。
変わらずそこにあるということが、救いになっている。
久しぶりに会う人には、大抵、全然変わらないね、と言われる。
相手に悪意はなくても、私としては、人から遅れをとってるだとか、
全然成長してないだとか、すべて悪い意味に捉えてしまう。
はいはいどうせ、そうですよ、みなさんご立派ですこと、
生活も、環境も、見た目も、考えも、めくるめく変わって、素晴らしいわね、
と、家に帰ってからも、心の中でふつふつする。そういう自分のことも嫌だし。
でも川やガスタンクはただあるだけで、そんな風には思わないからすごい。偉い。
毎朝私にほんのちょっとの勇気をくれたガスタンクみたいに、
私も誰かのおまじないになれるのかな。
20160721
無題
ダイヤモンドに価値を感じない側の人間として生まれたのが、
幸せなのか不幸せなのかは、まだ分からない。
百貨店のショウケースに並べられたダイヤモンドを眺めて、
大きなため息をつきながら、
あーあ、いつか私も男性からダイヤの指輪をもらって、もちろん笑顔で頷いてね、
それから子供を産んで、年に1度は旅行に行って…。
想像しただけで、頭が痛くなりそう。歯も痛む気がする。
ダイヤの指輪、いらない。子供、自分も子供なのに産めない。
旅行、ほぼ行ったことないし、お腹の調子が悪くなる。
そういう側の人間になれなかった宿命を背負って生きていくしかない。
アラシや三代目ジェイソールブラザーズに夢中になったり、
ディズニーグッズを集めたり、そういう側になれなかった。
だから大多数が受け入れる当然のことに疑問を抱くし、
誰も気にしないことを気にする。
もう大人なのに、お風呂場でトリートメントを流しながら、
どうしてこの時代に生まれてしまったんだろう、
どうして人間に生まれてしまったんだろうとか思いながら泣く。大人なのに。
みんなとは違う特別な私。と思って優越感に浸れるのなら、まだマシだろうけど、
世間一般や大多数の中にいるのは、とても苦しい。大気が違う星にいるみたいに。
自分の居場所はどこなんだろう。そもそも居場所なんてあるんだろうか。
全然いいと思わないのに、ダイヤモンドきれいですねって言わなきゃいけない。
川や湖の表面に反射する光の方が、ダイヤモンドよりずっときれいだよ。
誰のものでもないし、決して手に入らないから、よっぽど価値がある。
でも一日中川を見ていたら、頭がおかしいと思われるし、
ダイヤモンドきれいですねって笑顔で言わないとお金もらえないから、
部屋も借りれないし、ご飯も買えないし、生きていけない。つらい。
川原の石にぎにぎして、水面の光を見ていたい。
若者は夢を持てと言われる。いつの間にか、いつまで夢見てんだと言われる。
夢に年齢もクソもあるかテメエに迷惑掛けてねえだろクソがと思う。
でも歳をとっても夢を持っていたら、すごいわねと言われる。
うるさいし面倒なので、親しくない人には、簡単に夢を教えちゃいけない。
いつまでもここにいちゃいけない。ダイヤモンド全然欲しくない。
現実逃避じゃなくて、現実的に逃避しなくては。
幸せなのか不幸せなのかは、まだ分からない。
百貨店のショウケースに並べられたダイヤモンドを眺めて、
大きなため息をつきながら、
あーあ、いつか私も男性からダイヤの指輪をもらって、もちろん笑顔で頷いてね、
それから子供を産んで、年に1度は旅行に行って…。
想像しただけで、頭が痛くなりそう。歯も痛む気がする。
ダイヤの指輪、いらない。子供、自分も子供なのに産めない。
旅行、ほぼ行ったことないし、お腹の調子が悪くなる。
そういう側の人間になれなかった宿命を背負って生きていくしかない。
アラシや三代目ジェイソールブラザーズに夢中になったり、
ディズニーグッズを集めたり、そういう側になれなかった。
だから大多数が受け入れる当然のことに疑問を抱くし、
誰も気にしないことを気にする。
もう大人なのに、お風呂場でトリートメントを流しながら、
どうしてこの時代に生まれてしまったんだろう、
どうして人間に生まれてしまったんだろうとか思いながら泣く。大人なのに。
みんなとは違う特別な私。と思って優越感に浸れるのなら、まだマシだろうけど、
世間一般や大多数の中にいるのは、とても苦しい。大気が違う星にいるみたいに。
自分の居場所はどこなんだろう。そもそも居場所なんてあるんだろうか。
全然いいと思わないのに、ダイヤモンドきれいですねって言わなきゃいけない。
川や湖の表面に反射する光の方が、ダイヤモンドよりずっときれいだよ。
誰のものでもないし、決して手に入らないから、よっぽど価値がある。
でも一日中川を見ていたら、頭がおかしいと思われるし、
ダイヤモンドきれいですねって笑顔で言わないとお金もらえないから、
部屋も借りれないし、ご飯も買えないし、生きていけない。つらい。
川原の石にぎにぎして、水面の光を見ていたい。
若者は夢を持てと言われる。いつの間にか、いつまで夢見てんだと言われる。
夢に年齢もクソもあるかテメエに迷惑掛けてねえだろクソがと思う。
でも歳をとっても夢を持っていたら、すごいわねと言われる。
うるさいし面倒なので、親しくない人には、簡単に夢を教えちゃいけない。
いつまでもここにいちゃいけない。ダイヤモンド全然欲しくない。
現実逃避じゃなくて、現実的に逃避しなくては。
20160627
無題
電車に乗るとき、いつも同じ車両の同じ場所に立っている。同じ看板、同じガスタンク、同じ給水塔、周りの乗客の顔ぶれも同じ。でも普段と反対側の窓から景色を見ると新しい発見がたくさんある。マンションのベランダの壁が、半透明のガラスのような素材で出来ていて、赤い空き缶(おそらくコカコーラ)で埋め尽くされているのが透けて見える。缶の海は、浸かると腰くらいまでの深さがありそうだった。一瞬目に入ったどうでもいいものを、1ヶ月経ってもまだ思い出している。
雨の日、頭痛外来に行った。おじいちゃん先生に、フワフワした筆や、ギザギザした平たい金属製のローラーや、四角いハンマーなどで、顔や手足を撫でられたり軽く叩かれたりした。握力も測ったし、足の指を曲げられたり、指を見たり、舌を出して見せたりもした。頭の検査は忙しい。靴下を脱ぐのが少し恥ずかしかった。そのあと麻酔科で長い針の注射を頭に4回くらい打たれ、アームがたくさんある、強そうな機械の光を喉に照射されながら、仰向けでしばらく天井を見続けた。このまま意識が遠のいて、目が覚めた時には人造人間になっているかもしれない。それも悪くない。天井の模様は、白地にたくさんの茶色い虫みたいな、よくあるやつだった。小さい頃は、あの模様が動くような気がしていた。仰向けになったまま、することがないので、天井の模様が動くのを待った。
朝、電車の中で貧血になった。吐き気と共にどんどん目の前が白くなって、見えなくなっていくのが分かる。何か別のことを考えよう、何か別のこと。血の気が引くと景色が白く見えるということは、血のおかげで色が見えてるってこと?それってすごくない?だって血は赤いのに。赤い血を通して色んな色が見えるなんて。ああ、ああ吐きそう。でも絶対に吐きたくない。座りたいけど席は空いてないし、床にしゃがんで、大ごとになって、電車が遅れでもしたら死にたくなる。血のおかげで色が見える。ああ、ああ吐きそう。もう無理、と4回思ったところで電車が駅に着いたので、途中下車して座り込んだ。しばらくして立ち上がり、自販機を探していると、ベンチに座っている男性が、上半身を前に倒したまま、動かないのを見つけて、それは眠ってる風でもなく、明らかに具合が悪い様子で、自分が今貧血じゃなかったら絶対に気が付かなかったな、と思った。具合が悪い時の方が、具合が悪い人を見つける能力が増す。心の中で、お大事に、私も今ピンチなの、ごめんね、お互い良くなろう、と彼に語りかけた。
とても暑い日の午後、フルーツパーラーの前を通った。ジュースやパフェだけでなく、白と茶色のパンが互い違いになっているサンドイッチもショウケースに飾られている。レジで会計をしているおばあちゃまと、退屈そうに待つ小さな麦わら帽。やっぱりフルーツパーラーは特別な場所で、現実と夢の世界のちょうど真ん中くらいに位置する。でも麦わら帽は、ここが特別な場所で、だからおばあちゃまが手を引いて暑い中連れてきたなんてこと微塵も分かってなくて、もちろんそれで良くて、きっと今日のことは記憶にないまま大人になる。でもそれで良くて、それで良いんだけど、私はしばらく覚えていたいと思った。ただそこに偶然居合わせただけの何の関係もない人間なのに。おかしいね。
宇宙のことを考えると自分の悩みなんてちっぽけに思えるよ、みたいなの、それ言ったら全て無意味になって、石ころの方が地球を構成する鉱物の一部だし人間より断然意味ある、そもそも意味、無意味について考える無意味さよ、となって無感情で死を待つほかなくなる。自分にとって意味があるかどうかがいちばん大事で、だから小さい考えも自分にとっては宇宙並みに重大で、まるでどうでもよくならない。人間に生まれた以上、小さいことウジウジ考え続けることこそがつとめで、びくともしない偉大な宇宙に抗って、哀れに滑稽に、考えて悩む権利を行使したい。と、宇宙望遠鏡の本を読んで思った。
雨の日、頭痛外来に行った。おじいちゃん先生に、フワフワした筆や、ギザギザした平たい金属製のローラーや、四角いハンマーなどで、顔や手足を撫でられたり軽く叩かれたりした。握力も測ったし、足の指を曲げられたり、指を見たり、舌を出して見せたりもした。頭の検査は忙しい。靴下を脱ぐのが少し恥ずかしかった。そのあと麻酔科で長い針の注射を頭に4回くらい打たれ、アームがたくさんある、強そうな機械の光を喉に照射されながら、仰向けでしばらく天井を見続けた。このまま意識が遠のいて、目が覚めた時には人造人間になっているかもしれない。それも悪くない。天井の模様は、白地にたくさんの茶色い虫みたいな、よくあるやつだった。小さい頃は、あの模様が動くような気がしていた。仰向けになったまま、することがないので、天井の模様が動くのを待った。
朝、電車の中で貧血になった。吐き気と共にどんどん目の前が白くなって、見えなくなっていくのが分かる。何か別のことを考えよう、何か別のこと。血の気が引くと景色が白く見えるということは、血のおかげで色が見えてるってこと?それってすごくない?だって血は赤いのに。赤い血を通して色んな色が見えるなんて。ああ、ああ吐きそう。でも絶対に吐きたくない。座りたいけど席は空いてないし、床にしゃがんで、大ごとになって、電車が遅れでもしたら死にたくなる。血のおかげで色が見える。ああ、ああ吐きそう。もう無理、と4回思ったところで電車が駅に着いたので、途中下車して座り込んだ。しばらくして立ち上がり、自販機を探していると、ベンチに座っている男性が、上半身を前に倒したまま、動かないのを見つけて、それは眠ってる風でもなく、明らかに具合が悪い様子で、自分が今貧血じゃなかったら絶対に気が付かなかったな、と思った。具合が悪い時の方が、具合が悪い人を見つける能力が増す。心の中で、お大事に、私も今ピンチなの、ごめんね、お互い良くなろう、と彼に語りかけた。
とても暑い日の午後、フルーツパーラーの前を通った。ジュースやパフェだけでなく、白と茶色のパンが互い違いになっているサンドイッチもショウケースに飾られている。レジで会計をしているおばあちゃまと、退屈そうに待つ小さな麦わら帽。やっぱりフルーツパーラーは特別な場所で、現実と夢の世界のちょうど真ん中くらいに位置する。でも麦わら帽は、ここが特別な場所で、だからおばあちゃまが手を引いて暑い中連れてきたなんてこと微塵も分かってなくて、もちろんそれで良くて、きっと今日のことは記憶にないまま大人になる。でもそれで良くて、それで良いんだけど、私はしばらく覚えていたいと思った。ただそこに偶然居合わせただけの何の関係もない人間なのに。おかしいね。
宇宙のことを考えると自分の悩みなんてちっぽけに思えるよ、みたいなの、それ言ったら全て無意味になって、石ころの方が地球を構成する鉱物の一部だし人間より断然意味ある、そもそも意味、無意味について考える無意味さよ、となって無感情で死を待つほかなくなる。自分にとって意味があるかどうかがいちばん大事で、だから小さい考えも自分にとっては宇宙並みに重大で、まるでどうでもよくならない。人間に生まれた以上、小さいことウジウジ考え続けることこそがつとめで、びくともしない偉大な宇宙に抗って、哀れに滑稽に、考えて悩む権利を行使したい。と、宇宙望遠鏡の本を読んで思った。
20160606
mtndew
私は膝から崩れ落ちた。いや、ほんとは全然ちゃんと立っていた。でもそれくらいの気分だった。完全にグニョングニョンだった。
日曜の昼、TSUTAYAに行った。オデッセイが観たかったけど、全て貸出し中だったので、ゾンビガールと、マッドマックスと、その他計4本を借りた。洗濯物が大量に干してある、狭く薄暗い部屋で、一人楽しく観るのだ。マウンテンデューがあれば5倍ご機嫌なので、家の近くの自販機に寄った。はい、ここで膝がグニョングニョンになった。ペプシ500ml缶の隣、上段の右端は、確かにマウンテンデューだった。だって2週間前もここで買った。そして、飲んだことないと言っていた友達に確かにあげた。それがどういうわけか、ペプシ500ml缶の隣が、ペプシ500ml缶になっている。これって意味ある?
月曜の夜、新宿までの帰り道、しつこく裏道を歩き回った。あらかじめネットで調べておいたポイントを重点的に通った。サントリーの自販機が設置されている場所のマップと、マウンテンデュー情報について語らっている2ch、mixiのコミュニティ。どれも古い情報だったものの、あてもなく歩くより、手掛かりにはなる。四ツ谷のほうから、新宿御苑付近の裏道、2丁目の24会館裏、小さなパーキング。新宿はアサヒの自販機が多い。ときどきサントリーもあるけど、だいたいメロンソーダとオランジーナに侵されている。それから、明治通りをひたすら歩くと、ヤクルトの自販機もあったし、見たことないジュースがだいたい100円で売られている自販機もあった。東新宿駅の付近、蕎麦屋の裏にマウンテンデューがある、という古い情報を信じて、蕎麦屋を探す。蕎麦屋はあったけど、裏に行く道がない。代わりに隣には大きなマンションが建っていた。東新宿のマクドナルドはガラガラに空いている。それを横目にずんずん歩く。明治通りを戻って、中国人観光客たちを交わしながら歌舞伎町を通り、西武新宿駅の近くを探す。やる気のない居酒屋の客引きが、メニューをこちらに向けて、ページをめくったり閉じたりしている。この付近のマクドナルドはとても混んでいる。サントリーの自販機はいくつかあった。でもマウンテンデューは一向に見当たらない。気配すら感じない。半ば諦めの気持ちで新宿西口に向かって歩く。途中思い出横丁を通ると、リードを上に持ち上げられて、ほぼ宙を掻いている状態のチワワがいた。マウンテンデューはなかった。京王線のホームにも自販機はあった。でもやっぱりマウンテンデューはない。
一体どういうことだろう。私は怖くなった。怖くなったので、友達にメールを送った。「マウンテンデューないどこにも」返事はすぐに来た。「マウンテンデューってなに?」「こないだあげた飲み物だよ、ライオンキング観ながら飲んだでしょ、」「ドクターペッパーなら一口もらって飲んだよ、結構前に高円寺で」おかしい、ついこないだのことなのに。私は他の友達にもメールする。「ねえMTNデュー消えまくってる」デューが好きな友達だから、さぞかし共感するに違いない。「え?MTV?何?」「マウンテンデューだよ!!!」「ちょっと怒んないでよ、何よ〜マウンテンデューってなあに」嘘でしょ。何度も一緒に飲んだのに、ていうかむしろ私のために買っておいてくれたこともあったのに。私はiPadを取り出して、検索する。『マウンテンデュー』なんだかよく分からないページばかり出てくるので、英語で"Mountain Dew"と入力する。検索。植物と朝露みたいな画像しか出てこない。そこで私はようやく気づく。この世からマウンテンデューが消えた。物理的にだけでなく、概念が、記憶が、全て抹消された。(私が覚えているという点では、全てではないけれど)私は電車の中で愕然とした。というところまで想像した。そんなSFあるはずがない。
電車を降りて、ムシャクシャしていた私は、スーパーでアップルタイザーを買った。南アフリカのおしゃれな飲み物。緑色の瓶は、どことなく雫のような形をしていて、ますますマウンテンデュー(山の雫)を思い出す。未練しかない。新しい彼女と付き合いながら、結局またいつものように、あの子と同じような髪型、背格好の人を目で追っては、別人だと分かった瞬間、小さく傷付く。新しい彼女にどうしたの?と訊かれても、ううん、なんにも、と魂の抜けた表情で答え、しばらくして、私といて楽しい?とか急に重い質問をされて、嘘もつけずだんまり決め込むと、しばらく一緒にいない方がいいかもね、私たち、なんて提案されるけど、意外と全然悲しくないんだな、これが。意外でもないんだけど。というところまで想像した。
スーパーの出入り口の自販機もメロンソーダとオランジーナに支配されている。あとボス。このまま歩きつづけたら、まもなく家に着いてしまう。もう心の支えがなくなってしまう。つらい。右手にポッカの自販機。月に1回飲むか飲まないかだったけど、でもあるのとないのとだと全然違う。続いてコカコーラの自販機、カルピスの自販機。ネットで箱買いするのは違う。ありがたみとか、沁み方とか。サントリーの自販機。もういいよ、サントリーの自販機は。はいはいメロンソーダ。はいはいオランジーナ。はいはいマウンテンデュー。
マウンテンデュー。あった。しかもマウンテンデューの下にもマウンテンデュー。350mlのマウンテンデューがふたつ。家までの距離およそ150m。心の中でガッシャーンという音がした。心の中で食器が割れた。心の中の店長と心の中のバイトリーダーが失礼しました、と大きな声で詫びる。食器を割った私はそのまましばらく呆然としていた。
家に着いて歩数計を見ると、14620歩だった。
日曜の昼、TSUTAYAに行った。オデッセイが観たかったけど、全て貸出し中だったので、ゾンビガールと、マッドマックスと、その他計4本を借りた。洗濯物が大量に干してある、狭く薄暗い部屋で、一人楽しく観るのだ。マウンテンデューがあれば5倍ご機嫌なので、家の近くの自販機に寄った。はい、ここで膝がグニョングニョンになった。ペプシ500ml缶の隣、上段の右端は、確かにマウンテンデューだった。だって2週間前もここで買った。そして、飲んだことないと言っていた友達に確かにあげた。それがどういうわけか、ペプシ500ml缶の隣が、ペプシ500ml缶になっている。これって意味ある?
月曜の夜、新宿までの帰り道、しつこく裏道を歩き回った。あらかじめネットで調べておいたポイントを重点的に通った。サントリーの自販機が設置されている場所のマップと、マウンテンデュー情報について語らっている2ch、mixiのコミュニティ。どれも古い情報だったものの、あてもなく歩くより、手掛かりにはなる。四ツ谷のほうから、新宿御苑付近の裏道、2丁目の24会館裏、小さなパーキング。新宿はアサヒの自販機が多い。ときどきサントリーもあるけど、だいたいメロンソーダとオランジーナに侵されている。それから、明治通りをひたすら歩くと、ヤクルトの自販機もあったし、見たことないジュースがだいたい100円で売られている自販機もあった。東新宿駅の付近、蕎麦屋の裏にマウンテンデューがある、という古い情報を信じて、蕎麦屋を探す。蕎麦屋はあったけど、裏に行く道がない。代わりに隣には大きなマンションが建っていた。東新宿のマクドナルドはガラガラに空いている。それを横目にずんずん歩く。明治通りを戻って、中国人観光客たちを交わしながら歌舞伎町を通り、西武新宿駅の近くを探す。やる気のない居酒屋の客引きが、メニューをこちらに向けて、ページをめくったり閉じたりしている。この付近のマクドナルドはとても混んでいる。サントリーの自販機はいくつかあった。でもマウンテンデューは一向に見当たらない。気配すら感じない。半ば諦めの気持ちで新宿西口に向かって歩く。途中思い出横丁を通ると、リードを上に持ち上げられて、ほぼ宙を掻いている状態のチワワがいた。マウンテンデューはなかった。京王線のホームにも自販機はあった。でもやっぱりマウンテンデューはない。
一体どういうことだろう。私は怖くなった。怖くなったので、友達にメールを送った。「マウンテンデューないどこにも」返事はすぐに来た。「マウンテンデューってなに?」「こないだあげた飲み物だよ、ライオンキング観ながら飲んだでしょ、」「ドクターペッパーなら一口もらって飲んだよ、結構前に高円寺で」おかしい、ついこないだのことなのに。私は他の友達にもメールする。「ねえMTNデュー消えまくってる」デューが好きな友達だから、さぞかし共感するに違いない。「え?MTV?何?」「マウンテンデューだよ!!!」「ちょっと怒んないでよ、何よ〜マウンテンデューってなあに」嘘でしょ。何度も一緒に飲んだのに、ていうかむしろ私のために買っておいてくれたこともあったのに。私はiPadを取り出して、検索する。『マウンテンデュー』なんだかよく分からないページばかり出てくるので、英語で"Mountain Dew"と入力する。検索。植物と朝露みたいな画像しか出てこない。そこで私はようやく気づく。この世からマウンテンデューが消えた。物理的にだけでなく、概念が、記憶が、全て抹消された。(私が覚えているという点では、全てではないけれど)私は電車の中で愕然とした。というところまで想像した。そんなSFあるはずがない。
電車を降りて、ムシャクシャしていた私は、スーパーでアップルタイザーを買った。南アフリカのおしゃれな飲み物。緑色の瓶は、どことなく雫のような形をしていて、ますますマウンテンデュー(山の雫)を思い出す。未練しかない。新しい彼女と付き合いながら、結局またいつものように、あの子と同じような髪型、背格好の人を目で追っては、別人だと分かった瞬間、小さく傷付く。新しい彼女にどうしたの?と訊かれても、ううん、なんにも、と魂の抜けた表情で答え、しばらくして、私といて楽しい?とか急に重い質問をされて、嘘もつけずだんまり決め込むと、しばらく一緒にいない方がいいかもね、私たち、なんて提案されるけど、意外と全然悲しくないんだな、これが。意外でもないんだけど。というところまで想像した。
スーパーの出入り口の自販機もメロンソーダとオランジーナに支配されている。あとボス。このまま歩きつづけたら、まもなく家に着いてしまう。もう心の支えがなくなってしまう。つらい。右手にポッカの自販機。月に1回飲むか飲まないかだったけど、でもあるのとないのとだと全然違う。続いてコカコーラの自販機、カルピスの自販機。ネットで箱買いするのは違う。ありがたみとか、沁み方とか。サントリーの自販機。もういいよ、サントリーの自販機は。はいはいメロンソーダ。はいはいオランジーナ。はいはいマウンテンデュー。
マウンテンデュー。あった。しかもマウンテンデューの下にもマウンテンデュー。350mlのマウンテンデューがふたつ。家までの距離およそ150m。心の中でガッシャーンという音がした。心の中で食器が割れた。心の中の店長と心の中のバイトリーダーが失礼しました、と大きな声で詫びる。食器を割った私はそのまましばらく呆然としていた。
家に着いて歩数計を見ると、14620歩だった。
20160602
無題
私、実は存在していないのかも、と思うことは、前から何度もあった。駅で、スーツケースをガラガラ引く女に、車輪で足を轢かれて、女は違和感をおぼえた顔でこちらをチラと見て、何度もなかったようにまた歩き出したり、信号が青に変わって横断歩道を渡りはじめたら、乗用車が私の右側面、太ももの辺りにゆっくり突っ込んできて、びっくりして窓越しに車内を見たら、運転手は何故か納得いかない顔でこちらをチラと見て、そのまますぐに走り去った。ついこないだだって、私が乗ろうとした瞬間に、エレベーターの扉が閉められた。
今日もへとへとのへろへろになりながら新宿駅まで歩いているあいだ、今夜は絶対にカレーが食べたいな、と考えていた。カレーだな、と思いながら電車に乗って、カレー、と思いながら降りた。うちの駅のそばには、なぜかココイチが2つもある。でも私は猫舌なので、あまり行かない。他にカレーが食べられる場所は、ファミレスくらいしかなかった。ショッピングセンターの中にあるファミレスは、夜の9時以降、ぐるりと回った暗いところにある、小さな通用口から入店しないといけない。ぐるりと回って暗いところを通って、小さな通用口から店内に入ると、ピポピポピポピポピポ、と鳴った。店員が来ないので、少し客席の近くをうろうろしてみたものの、何も起こらない。きょろきょろ見渡すと、女の店員が、こちらに背中を向けて、メロンソーダがたっぷり入ったドリンクバーのグラスを、厨房の中にいる男に渡しながら「コーラ派?」とかなんとか楽しそうに話している。それに気づいた瞬間、私の中で何かがプツンと切れて、そのまま店を出た。背中越しに、ピポピポピポピポピポ、と聞こえた。忙しいならまだしも、ジュースの話に夢中で気づかれないなんて。私また存在してなかった。ジュース以下。悔しくなって、もう知らないんだから、と拗ねながら歩いた。どうして私って時々いなくなるんだろう。
カレー、コンビニにならあるかな、と思ってコンビニに入った。カレーはあったけど、持つとずっしり重たくて、なんだかすべてが嫌になったので、明日のパンを選ぶことにした。まだ見ぬ明日、やっと素敵なことが起こるかもしれない、その第1日目かもしれない明日。そんな明日にふさわしいパン。未来のパン。すると、パンの棚の端の死角から、突然人が現れた。その人はスーツを着たサラリーマン風なんだけど、白い杖を左右に動かしていた。私は驚きと、ぶつかってはいけないという思いから、体をのけぞり、一歩後ろに下がった。足音が全然しないタイプなので、それはもう静かに驚いた。けれどその人は、私の動きを察知してすぐにぴたりと動きを止めた。きっとほんの微風で。ああ、私いるんだ、この人にはちゃんと私の存在が見えるんだ、と思った瞬間、涙がじわりとこみ上げてきたので、冷蔵庫の前に移動して、たくさん並んだ炭酸水のペットボトルを見つめながら、ただ無心になるように、泣かないようにつとめた。私は、いた。目の見えない人に見えるんだから、それは本当にいるってことだ。今までのこと全部チャラにしてもいいかなと思えるくらいのことだった。素敵なことが起こる第1日目は、明日じゃないのかもしれない。
今日もへとへとのへろへろになりながら新宿駅まで歩いているあいだ、今夜は絶対にカレーが食べたいな、と考えていた。カレーだな、と思いながら電車に乗って、カレー、と思いながら降りた。うちの駅のそばには、なぜかココイチが2つもある。でも私は猫舌なので、あまり行かない。他にカレーが食べられる場所は、ファミレスくらいしかなかった。ショッピングセンターの中にあるファミレスは、夜の9時以降、ぐるりと回った暗いところにある、小さな通用口から入店しないといけない。ぐるりと回って暗いところを通って、小さな通用口から店内に入ると、ピポピポピポピポピポ、と鳴った。店員が来ないので、少し客席の近くをうろうろしてみたものの、何も起こらない。きょろきょろ見渡すと、女の店員が、こちらに背中を向けて、メロンソーダがたっぷり入ったドリンクバーのグラスを、厨房の中にいる男に渡しながら「コーラ派?」とかなんとか楽しそうに話している。それに気づいた瞬間、私の中で何かがプツンと切れて、そのまま店を出た。背中越しに、ピポピポピポピポピポ、と聞こえた。忙しいならまだしも、ジュースの話に夢中で気づかれないなんて。私また存在してなかった。ジュース以下。悔しくなって、もう知らないんだから、と拗ねながら歩いた。どうして私って時々いなくなるんだろう。
カレー、コンビニにならあるかな、と思ってコンビニに入った。カレーはあったけど、持つとずっしり重たくて、なんだかすべてが嫌になったので、明日のパンを選ぶことにした。まだ見ぬ明日、やっと素敵なことが起こるかもしれない、その第1日目かもしれない明日。そんな明日にふさわしいパン。未来のパン。すると、パンの棚の端の死角から、突然人が現れた。その人はスーツを着たサラリーマン風なんだけど、白い杖を左右に動かしていた。私は驚きと、ぶつかってはいけないという思いから、体をのけぞり、一歩後ろに下がった。足音が全然しないタイプなので、それはもう静かに驚いた。けれどその人は、私の動きを察知してすぐにぴたりと動きを止めた。きっとほんの微風で。ああ、私いるんだ、この人にはちゃんと私の存在が見えるんだ、と思った瞬間、涙がじわりとこみ上げてきたので、冷蔵庫の前に移動して、たくさん並んだ炭酸水のペットボトルを見つめながら、ただ無心になるように、泣かないようにつとめた。私は、いた。目の見えない人に見えるんだから、それは本当にいるってことだ。今までのこと全部チャラにしてもいいかなと思えるくらいのことだった。素敵なことが起こる第1日目は、明日じゃないのかもしれない。
20160515
無題
考えたくなくても勝手に頭の中がいっぱいになってしまうことは、実は幸せなことだった。例えば生きることとか死ぬこととか身体のこととか自然のこととか自分と誰かの関係のこととか心のこととか、生活の中、すぐ側に確かに存在しているけど、実体のないものについて。そういうものが、ぽつぽつ生まれて、それぞれを線で繋いで出来上がった星座は、自分の中から出てきたとは思えないような形のものもあったりして、ときどき感動に値する。これまで何かを作ってきた動機や原因は大抵『救い』だったことに気付いた。具体的な悩みや苦しいことがある時に、アクションを起こすことで突然ストンと納得できたり、出口が見つかったり、気持ちのやり場になったり、区切りを付けられたり、次に繋がるキッカケになったり、全てが希望だった。私は特別これといって宗教を信仰していないけど、作ること自体が神様になっていた。救われたいから、作る。とても具体的で、個人的で、小さなことであればあるほど、自分とは別の誰かが深く共感してくれるという不思議な現象も知った。
今、私の頭の中には、ゴツゴツした石みたいなもの(タスクとか、殺意とか)がいくつも詰め込まれていて、とても重たいし痛い。その石と石の間の、ほんのわずかなすき間を、星の素みたいな煙がフワッと通ったりする。わたあめみたいにグルグル回して、集めて大きな塊にしたいけど、たくさんのゴツゴツが邪魔で、形になる前に消えてしまう。考えが生まれなくなって初めて、考えることは尊くて貴重なことだと分かった。その中に希望があるとすれば、ほんのわずか、数立方ミリメートルのすき間、私の尊厳が、私の頭に間借りしている、誰にも侵すことのできない自由な空間。星の素は星にならないけど、その何者でもない状態を、ただ把握して、記録することは出来る。多くの人は、ちゃんと目に見える作品を評価するけど、断片的に書き記したり、切り取ったりすることは無意味で無価値だろうか。日々の圧に全力で抵抗して、美しさを感じる心を忘れないために、しがみつくようにつまらないものを撮り続けることは、カメラが趣味のオシャレ女子と並列に扱われてしまうのだろうか。だとしても、分かってもらえなくても、何の能もない、何も作らない人だと思われても、毎日手を動かしているタイプの努力家に見下されても、それでも、いつかは形になって伝わるかもしれないと信じて、無意味で無価値な抵抗を続けなきゃいけない。また神様に会いたい。
今、私の頭の中には、ゴツゴツした石みたいなもの(タスクとか、殺意とか)がいくつも詰め込まれていて、とても重たいし痛い。その石と石の間の、ほんのわずかなすき間を、星の素みたいな煙がフワッと通ったりする。わたあめみたいにグルグル回して、集めて大きな塊にしたいけど、たくさんのゴツゴツが邪魔で、形になる前に消えてしまう。考えが生まれなくなって初めて、考えることは尊くて貴重なことだと分かった。その中に希望があるとすれば、ほんのわずか、数立方ミリメートルのすき間、私の尊厳が、私の頭に間借りしている、誰にも侵すことのできない自由な空間。星の素は星にならないけど、その何者でもない状態を、ただ把握して、記録することは出来る。多くの人は、ちゃんと目に見える作品を評価するけど、断片的に書き記したり、切り取ったりすることは無意味で無価値だろうか。日々の圧に全力で抵抗して、美しさを感じる心を忘れないために、しがみつくようにつまらないものを撮り続けることは、カメラが趣味のオシャレ女子と並列に扱われてしまうのだろうか。だとしても、分かってもらえなくても、何の能もない、何も作らない人だと思われても、毎日手を動かしているタイプの努力家に見下されても、それでも、いつかは形になって伝わるかもしれないと信じて、無意味で無価値な抵抗を続けなきゃいけない。また神様に会いたい。
20160501
無題
熱い気持ちを持て余していて、どうしよう
人が人のために出来ることはたくさんあって、
大事なのは気持ちで、そんなのくだらなくて青いとか、
分かってないとか思われても、それでも、
喜んでもらいたいし、つらくなくなってほしい
無視したくない
私はこのまま、忙しいとか、体力も気力もないとか、
そういうことを言い続けて、いつかいつかって先延ばしにして、
自分のためにも、人のためにも、何もしないで、
たくさんの気持ちや声をないがしろにして、はじめから何もなかったみたいに、
何も生まれない毎日に慣れるのはいやだ
じゃあ何ができるのかって、そんなもん微力だろって、
言われたとしても、微でもゼロじゃないなら、
それだけで意味があるし、いろんなことを巻き込んで、
どんどん形が変わって、大きくなるかもしれない
夢とかダサいじゃんとか、叶わなかったらカッコ悪いから持ちませんとか、
斜に構えて、現状に満足してますとか言って、いや自分のことなんだけど、
そういうのが一番ダサくないか?
めちゃくちゃ欲張って、想像を軽く超えていくくらい、
驚くようなことが起きてほしい
私もみんなも嬉しくなっちゃって、笑いがとまらなくなるような瞬間が、
心の奥が通い合うような瞬間が、きっと訪れるに決まっている
人が人のために出来ることはたくさんあって、
大事なのは気持ちで、そんなのくだらなくて青いとか、
分かってないとか思われても、それでも、
喜んでもらいたいし、つらくなくなってほしい
無視したくない
私はこのまま、忙しいとか、体力も気力もないとか、
そういうことを言い続けて、いつかいつかって先延ばしにして、
自分のためにも、人のためにも、何もしないで、
たくさんの気持ちや声をないがしろにして、はじめから何もなかったみたいに、
何も生まれない毎日に慣れるのはいやだ
じゃあ何ができるのかって、そんなもん微力だろって、
言われたとしても、微でもゼロじゃないなら、
それだけで意味があるし、いろんなことを巻き込んで、
どんどん形が変わって、大きくなるかもしれない
夢とかダサいじゃんとか、叶わなかったらカッコ悪いから持ちませんとか、
斜に構えて、現状に満足してますとか言って、いや自分のことなんだけど、
そういうのが一番ダサくないか?
めちゃくちゃ欲張って、想像を軽く超えていくくらい、
驚くようなことが起きてほしい
私もみんなも嬉しくなっちゃって、笑いがとまらなくなるような瞬間が、
心の奥が通い合うような瞬間が、きっと訪れるに決まっている
20160414
無題
大丈夫?とか言われても、ほんとに心配されてるのか、
それとも興味本位で、あとから話のネタにされるのか分かんないし、
もうほんとめんどくさいからさ、ヘラヘラ笑ってさ、
「深刻な悩みなんてないんですよ〜〜ほんと、洗濯物乾かないとかしか、ほら、私って何も考えてないんで〜〜」
とか言ってさ、そしたら「羨ましい、ポジティブだよね」なんて言われちゃってさ、
ほんとに何もない人間なんていないじゃん?少し考えたら分かるじゃん?
あーもうーなんか鈍くなりたくないけど鈍くなるしかなくて、
いちいち間に受けてる余裕も暇もないし、どうでもいいけど、
人に優しくしてないな、優しくしたいのに、とか思って、泣きながら水筒洗ったりしてさ、でもその泣いてる状態も冷静に俯瞰して見てるの、気持ち悪くない?
花が咲いてるの見ても何も感じないし、咲いてることにも気付かないくらいで、
あれー、なんだっけ、どうなりたいんだっけ、とか思うしさ、
仕方ないから、とか、期待してないから、とかで終了させるのすごく上手になったし、
忙しくておなかも空いてる時に突然「死にたい」とか電話かかってきても、何にも感じずにペラペラ「大丈夫だよ、そんな時もあるから、今は休みなよ」とか心にもないこと言って、最低なんだけど、最低だとしてそれが何って思ってて、
色んなことに全然傷ついてないことに、傷ついたりしてるんだよね、なんだろう、ばかみたいだね、
傷ついてるっていうか、内出血がどんどん大きくなってる感じ、
このままで大丈夫なんだろうか、まあ大丈夫じゃなくてもこのままなんだけど、
でも違うんだよなー大人になるってこういう類のことじゃない気がするんだよなー
黒板引っ掻く音聞きながらアルミホイル噛むみたいな毎日を送る意味はなんだ?
やりたいこと頑張る意欲もないし、想像の世界に逃げ込むこともないし、
ただ救いがあるとしたら、絶対無駄じゃなくて、きっと意味があって、
近い未来でいつかそれが分かるはずって信じる気持ちと、
なるべくつらいほうが、人の気持ちが分かったり、説得力になったりするということくらいかな、はあ、
世の中受け入れてなんとなくやってる側にも、自分のペースで何か生み出す側にも、どこにも属せないただの必死な人です、はあ、
それが私の肩書きです、はあ、そうです、つまんないですね、知ってます
それとも興味本位で、あとから話のネタにされるのか分かんないし、
もうほんとめんどくさいからさ、ヘラヘラ笑ってさ、
「深刻な悩みなんてないんですよ〜〜ほんと、洗濯物乾かないとかしか、ほら、私って何も考えてないんで〜〜」
とか言ってさ、そしたら「羨ましい、ポジティブだよね」なんて言われちゃってさ、
ほんとに何もない人間なんていないじゃん?少し考えたら分かるじゃん?
あーもうーなんか鈍くなりたくないけど鈍くなるしかなくて、
いちいち間に受けてる余裕も暇もないし、どうでもいいけど、
人に優しくしてないな、優しくしたいのに、とか思って、泣きながら水筒洗ったりしてさ、でもその泣いてる状態も冷静に俯瞰して見てるの、気持ち悪くない?
花が咲いてるの見ても何も感じないし、咲いてることにも気付かないくらいで、
あれー、なんだっけ、どうなりたいんだっけ、とか思うしさ、
仕方ないから、とか、期待してないから、とかで終了させるのすごく上手になったし、
忙しくておなかも空いてる時に突然「死にたい」とか電話かかってきても、何にも感じずにペラペラ「大丈夫だよ、そんな時もあるから、今は休みなよ」とか心にもないこと言って、最低なんだけど、最低だとしてそれが何って思ってて、
色んなことに全然傷ついてないことに、傷ついたりしてるんだよね、なんだろう、ばかみたいだね、
傷ついてるっていうか、内出血がどんどん大きくなってる感じ、
このままで大丈夫なんだろうか、まあ大丈夫じゃなくてもこのままなんだけど、
でも違うんだよなー大人になるってこういう類のことじゃない気がするんだよなー
黒板引っ掻く音聞きながらアルミホイル噛むみたいな毎日を送る意味はなんだ?
やりたいこと頑張る意欲もないし、想像の世界に逃げ込むこともないし、
ただ救いがあるとしたら、絶対無駄じゃなくて、きっと意味があって、
近い未来でいつかそれが分かるはずって信じる気持ちと、
なるべくつらいほうが、人の気持ちが分かったり、説得力になったりするということくらいかな、はあ、
世の中受け入れてなんとなくやってる側にも、自分のペースで何か生み出す側にも、どこにも属せないただの必死な人です、はあ、
それが私の肩書きです、はあ、そうです、つまんないですね、知ってます
20160328
無題
友達が、2駅となりに引っ越してきた
家具の組み立てと、荷ほどきを手伝いに行ったら、
部屋がとても広くて新しくて快適そうだった
何よりいちばん良かったのは、窓から見える集合住宅の屋上に、
まあるい給水タンクがきれいに3つ並んでいること
毎日まあるい給水タンクを見つめては、いつもと変わらずそこにあるな、と、
毎日穏やかな気持ちになれるような
うちはワンルームの中でもかなり狭い部類に入るので、
今すごく本棚が欲しいけど、置く場所がないから買えない
本がどんどん増えていく、と言っても読むのは遅いから、買い溜めみたいになっている
実用書だとか、専門書だとか、ハウツー本、シナリオ本、随筆、色々
読書に対する苦手意識や、知らない立場を利用するのとか、もういい加減やめた方がいいな、成長しないな、と考えを改めつつある
純粋に学びたい、という気持ちもあるけれど、
私は知識をひけらかすタイプの人間になんかむかつく、と思いがちで、
とにかくいけすかないというか、だから何?なのである
知識はあくまでお金と同じように手段なのであって、それ自体を自慢したところで、
すごい!とはならない、ならない絶対に
その知識を何に繋げるか、色々知った上で自分はどう考えるか、
そういうのが大事でしょ、と思う
ただ、何事もその世界をよく知りもしないで、
軽はずみにディスるのがいちばんダサいので、私も多少知識を得たうえで、
オタク的な押し付けがましさや、知識武装で優位に立とうとする感じや、
教えてあげてますカッコいい俺が、的なうぬぼれを、
対等な立場で大いにディスりたい
前に、タバコというものをちゃんと理解した上でディスるために、
タバコを吸っていた時期があったけど、結果喘息になったので、リスクもある
そもそもディスりたいわけだから、
経験したところで痛い目見たり、肌に合わないのは当然
でも知らないくせにって言われるより全然いい
(実際経験して、タバコそのものが悪なのではなく、配慮が出来ない終わってる喫煙者が悪だということも分かったし)
悪口言ってる時がいちばんいい顔してる、とよく言われる
どんどんいい顔したい
家具の組み立てと、荷ほどきを手伝いに行ったら、
部屋がとても広くて新しくて快適そうだった
何よりいちばん良かったのは、窓から見える集合住宅の屋上に、
まあるい給水タンクがきれいに3つ並んでいること
毎日まあるい給水タンクを見つめては、いつもと変わらずそこにあるな、と、
毎日穏やかな気持ちになれるような
うちはワンルームの中でもかなり狭い部類に入るので、
今すごく本棚が欲しいけど、置く場所がないから買えない
本がどんどん増えていく、と言っても読むのは遅いから、買い溜めみたいになっている
実用書だとか、専門書だとか、ハウツー本、シナリオ本、随筆、色々
読書に対する苦手意識や、知らない立場を利用するのとか、もういい加減やめた方がいいな、成長しないな、と考えを改めつつある
純粋に学びたい、という気持ちもあるけれど、
私は知識をひけらかすタイプの人間になんかむかつく、と思いがちで、
とにかくいけすかないというか、だから何?なのである
知識はあくまでお金と同じように手段なのであって、それ自体を自慢したところで、
すごい!とはならない、ならない絶対に
その知識を何に繋げるか、色々知った上で自分はどう考えるか、
そういうのが大事でしょ、と思う
ただ、何事もその世界をよく知りもしないで、
軽はずみにディスるのがいちばんダサいので、私も多少知識を得たうえで、
オタク的な押し付けがましさや、知識武装で優位に立とうとする感じや、
教えてあげてますカッコいい俺が、的なうぬぼれを、
対等な立場で大いにディスりたい
前に、タバコというものをちゃんと理解した上でディスるために、
タバコを吸っていた時期があったけど、結果喘息になったので、リスクもある
そもそもディスりたいわけだから、
経験したところで痛い目見たり、肌に合わないのは当然
でも知らないくせにって言われるより全然いい
(実際経験して、タバコそのものが悪なのではなく、配慮が出来ない終わってる喫煙者が悪だということも分かったし)
悪口言ってる時がいちばんいい顔してる、とよく言われる
どんどんいい顔したい
20160308
無題
たぶんこういうのは間違ってる
はいどうぞとこちらに提供されたものしか受け取らず、
何も気付かず、ただ消費してそれが当たり前になるのがどうしても嫌で、
私はそこにあるものに自分で気付きたいし見つけたいし綺麗だと思いたいので、
そういうものを探すために、使い捨てカメラを持ち歩くことにした
本来なら綺麗と感じたから撮るのが道理で、
綺麗と感じるために撮るのはたぶん間違ってる
でもこれが私の今出来る精一杯で、写真がよく撮れてるとか、何を撮ったとかは本当にどうでも良くて、ただその瞬間少し心が動いて、それを記録したということだけが重要
心が麻痺するのがこわいと思い続けていたい
理想の生活と真逆だから毎日結構ギリギリでしんどい
毎日思い通りにいかないから、思い通りにいかないカメラがいいなと思って使い捨てにした
でもカメラだけじゃなくて、日々も使い捨ててる
思い通りにいかなくて退屈でそれでいてひどく疲れた1日だった、といつも思う
平日は大体そう、休日も休んで終わる
現像とプリントの仕上がりをささやかな楽しみにしている
はいどうぞとこちらに提供されたものしか受け取らず、
何も気付かず、ただ消費してそれが当たり前になるのがどうしても嫌で、
私はそこにあるものに自分で気付きたいし見つけたいし綺麗だと思いたいので、
そういうものを探すために、使い捨てカメラを持ち歩くことにした
本来なら綺麗と感じたから撮るのが道理で、
綺麗と感じるために撮るのはたぶん間違ってる
でもこれが私の今出来る精一杯で、写真がよく撮れてるとか、何を撮ったとかは本当にどうでも良くて、ただその瞬間少し心が動いて、それを記録したということだけが重要
心が麻痺するのがこわいと思い続けていたい
理想の生活と真逆だから毎日結構ギリギリでしんどい
毎日思い通りにいかないから、思い通りにいかないカメラがいいなと思って使い捨てにした
でもカメラだけじゃなくて、日々も使い捨ててる
思い通りにいかなくて退屈でそれでいてひどく疲れた1日だった、といつも思う
平日は大体そう、休日も休んで終わる
現像とプリントの仕上がりをささやかな楽しみにしている
20160302
無題
本当なら、色んなことが過ぎ去って、全貌が見えて、
経験値もあって、分かってる現在、未来の自分が過去の自分を励ますべきなのに、
いつだって過去の自分に励まされる現在が更新され続けている
2016年にはまだ未来から過去に何かを伝えることは出来ない
何も見えなくて余裕がなくて不安でいっぱいな自分に励まされるなんてすごく変だけど、涼しい顔して思い出を語る人よりも、もがいてる姿に心打たれることってあるんだろうなと思う
もう存在していないかもしれない、ずっとずっと昔の星の光に勇気付けられるように、
私がもういなくても、過去の私の言葉や何かが、どこかで勇気になるようなことはあるのかな
経験値もあって、分かってる現在、未来の自分が過去の自分を励ますべきなのに、
いつだって過去の自分に励まされる現在が更新され続けている
2016年にはまだ未来から過去に何かを伝えることは出来ない
何も見えなくて余裕がなくて不安でいっぱいな自分に励まされるなんてすごく変だけど、涼しい顔して思い出を語る人よりも、もがいてる姿に心打たれることってあるんだろうなと思う
もう存在していないかもしれない、ずっとずっと昔の星の光に勇気付けられるように、
私がもういなくても、過去の私の言葉や何かが、どこかで勇気になるようなことはあるのかな
20160228
無題
しばらく感情がなかったから、大人になるってこういうことかななんて思ったりしていた
感情を意識し出すと、とめどなくて、せき止められなくなるから、無意識に無視し続けてたんだけど、
でもしばらく落ち着いていたお腹が、2月に入ってから毎日毎朝壊れるようになって、
無視していたツケが回ってきたんだな、と思いながら無視し続けてる
狭い部屋で、明るい音楽を聴いていたら突然ぼろぼろ泣けてきた
人を妬んでも羨んでも比べても、良いことなんてないけど、苦しんでない人なんていないけど、
それでも自分には必要のない、つまらないことに対して苦しむのと、
自分の内側や、大切な人と向き合ったり、何かを形にするときに苦しむのとじゃ、まるで違う
世界には、自由に、大きなことについて考えたり、たくさんの人と喜びを共有したり、
自分の気持ちが向く方向へ進んでる人もいる
でも私は強くならないといけないから、毎日同じ道を歩いて、
また昨日の繰り返しかと錯覚しながら、つまらないことを受け止め続けてる
強くなって今までの私のような人や、今の私のような人を励ませたらいいなと思う
励ませなくても、つらい、が、ちょっとつらくない、になったらいい
そういうことは、ちゃんとしてるすごい人には絶対に出来ない
こいつでも大丈夫なんだから、私も大丈夫だよね、と思ってもらいたい
みんなの自信や、前に進む力のための踏み台になるような方法しか出来ないけど、
でもそれはすごい人にはどうしたって出来ないことでもあるから、
早くお腹壊さなくなる暮らしがしたい
感情を意識し出すと、とめどなくて、せき止められなくなるから、無意識に無視し続けてたんだけど、
でもしばらく落ち着いていたお腹が、2月に入ってから毎日毎朝壊れるようになって、
無視していたツケが回ってきたんだな、と思いながら無視し続けてる
狭い部屋で、明るい音楽を聴いていたら突然ぼろぼろ泣けてきた
人を妬んでも羨んでも比べても、良いことなんてないけど、苦しんでない人なんていないけど、
それでも自分には必要のない、つまらないことに対して苦しむのと、
自分の内側や、大切な人と向き合ったり、何かを形にするときに苦しむのとじゃ、まるで違う
世界には、自由に、大きなことについて考えたり、たくさんの人と喜びを共有したり、
自分の気持ちが向く方向へ進んでる人もいる
でも私は強くならないといけないから、毎日同じ道を歩いて、
また昨日の繰り返しかと錯覚しながら、つまらないことを受け止め続けてる
強くなって今までの私のような人や、今の私のような人を励ませたらいいなと思う
励ませなくても、つらい、が、ちょっとつらくない、になったらいい
そういうことは、ちゃんとしてるすごい人には絶対に出来ない
こいつでも大丈夫なんだから、私も大丈夫だよね、と思ってもらいたい
みんなの自信や、前に進む力のための踏み台になるような方法しか出来ないけど、
でもそれはすごい人にはどうしたって出来ないことでもあるから、
早くお腹壊さなくなる暮らしがしたい
無題
ダッフルコートのポケットに手を突っ込むと、昨夜のライブチケットが入っていた
バスドラムが身体に響いて内臓を揺らす感覚を思い出す
赤や青の眩しい光が刺さる
お洒落をした若者たちがリズムに合わせ踊る向こうで
フロントマンがギターを掻き鳴らしている
ステージの真上にあるスポットライトに照らされた空間を
もったりと静かに漂うスモークをじっと見ていると
自分の時間だけが引き延ばされたように感じる
走る電車の中を浮遊している羽毛や、
人々が行き交う街の空中を上手に泳ぐビニール袋と同じ、
小さなスローモーション
知らない人が詰め込まれた空間にいると、
自分が消えてなくなるような感じがする
大勢の中の一人である私は、大勢に吸収されて、
少しずつ透明になって、消える
圧倒的な数に飲まれて、
自分に出来ること、特別なこと、強く思っていること、
忘れてしまうような気がする
受け取るだけの、消費するだけの毎日を過ごしていたら
伝えたいことを忘れてしまう
やりたいことをやるのは、やりたくないことをやるのと同じくらい大変
もったりと静かに漂うスモークをじっと見ていると
自分の時間だけが引き延ばされたように感じる
走る電車の中を浮遊している羽毛や、
人々が行き交う街の空中を上手に泳ぐビニール袋と同じ、
小さなスローモーション
知らない人が詰め込まれた空間にいると、
自分が消えてなくなるような感じがする
大勢の中の一人である私は、大勢に吸収されて、
少しずつ透明になって、消える
圧倒的な数に飲まれて、
自分に出来ること、特別なこと、強く思っていること、
忘れてしまうような気がする
受け取るだけの、消費するだけの毎日を過ごしていたら
伝えたいことを忘れてしまう
やりたいことをやるのは、やりたくないことをやるのと同じくらい大変
20160218
無題
息つく暇もないうちに次の日が来て、
半年が過ぎてこのままいけば2、3年過ぎてしまう
一晩に見るの夢の中で、長い時間をのんびりと過ごせたらと思うけど、
今この時間がまさに知らない誰かの、長い長い夢の中で、
私も、私の出会った人たちも、見たものも、聞いたことも全部、
頭の中で作られた幻だったら、悲しいな
毎日全然充実してないけど、生きた心地しないけど、
まだ叶ってないこと山ほどあるけど、
でも良かったことも消えてほしくないことも忘れたくないことも、
同じくらいある
覚めたらひどく悲しいので、
悪夢より、いい夢の方が残酷だと思います
半年が過ぎてこのままいけば2、3年過ぎてしまう
一晩に見るの夢の中で、長い時間をのんびりと過ごせたらと思うけど、
今この時間がまさに知らない誰かの、長い長い夢の中で、
私も、私の出会った人たちも、見たものも、聞いたことも全部、
頭の中で作られた幻だったら、悲しいな
毎日全然充実してないけど、生きた心地しないけど、
まだ叶ってないこと山ほどあるけど、
でも良かったことも消えてほしくないことも忘れたくないことも、
同じくらいある
覚めたらひどく悲しいので、
悪夢より、いい夢の方が残酷だと思います
20160214
無題
いつも呼吸が浅くて、毎日不安でいっぱい
楽しい時間を過ごしてもそれは一瞬で、
すぐにそこから引き剥がされて、不安にとりつかれる
ただ生命を維持するために感情を無にして時間をドブに捨ててる
みんな当然のようにそれをやってのけて、
たまに旅行に行ったり、買い物をして、心を満たしてる
私が逃げ出したいこの毎日は、別の誰かにとって、
理想的で憧れの生活かもしれないと思うと、どうしようもない気持ちになるけど、
毎朝毎晩ひどく気が滅入るし、おだやかな地獄としか思えない
感情はナマモノだから、新鮮なうちに、内部で腐る前に、
外側に出したいのに、そんな暇もなく、また朝になって、
心の中でずっと低い声でうなり続けている
足のつかない深いプールの真ん中で、ずっと溺れている
水を触ったり、顔をつけて目を開けたり、
水面の光の反射を見つめたり、それでいいのに、
泳ぎたくも潜りたくもないのに、どうすればいいんだろう
楽しい時間を過ごしてもそれは一瞬で、
すぐにそこから引き剥がされて、不安にとりつかれる
ただ生命を維持するために感情を無にして時間をドブに捨ててる
みんな当然のようにそれをやってのけて、
たまに旅行に行ったり、買い物をして、心を満たしてる
私が逃げ出したいこの毎日は、別の誰かにとって、
理想的で憧れの生活かもしれないと思うと、どうしようもない気持ちになるけど、
毎朝毎晩ひどく気が滅入るし、おだやかな地獄としか思えない
感情はナマモノだから、新鮮なうちに、内部で腐る前に、
外側に出したいのに、そんな暇もなく、また朝になって、
心の中でずっと低い声でうなり続けている
足のつかない深いプールの真ん中で、ずっと溺れている
水を触ったり、顔をつけて目を開けたり、
水面の光の反射を見つめたり、それでいいのに、
泳ぎたくも潜りたくもないのに、どうすればいいんだろう
20160210
無題
ごはんがおいしいとか、団地のベランダに布団が干してあって今日は天気がいいなとか、雨が降ってよく眠れたとか、自分の外側で起きる幸せな出来事なんてものは、本当に些細でいい
自分の内側の大部分を支配する辛い気持ちさえ消せたら、あとは外側の小さな幸せだけでいいんだけど
常に辛さを感じる人と、たまに辛さを感じる人の違いは、
辛い気持ちが習慣になっているかどうかの違いだと思っていて、
ある一定期間ずっと辛さを感じずにはいられない状況や観念があった人は、
それが当たり前になって抜け出せなくなっているんじゃないかと思う
もし環境のせいで辛さを感じているとしても、正しい判断ができる人は、そこからすぐに違うところへ移るけど、
辛さが癖になっている人は、無意識に辛い環境こそ自分にふさわしいと思ってしまう
自ら辛い環境や辛い人間関係を求めて浸かりに行く人もいる
人権を持っているということを実感する機会がないと、知らないままずっと不幸病を抱えて生きることになる
小さいことに嬉しくなったり、気分が良くなったりするということは、
小さいことに悲しくなったり、気分が悪くなったりするということでもあるから、
それに関してはどうしようもないけど、自分の外側で起きることは支配も操作も出来ないから、
せめて自分の内側だけは、糊付けされたシーツみたいに、ボールペンのインクの匂いみたいに、湖の水面みたいに、初夏の木陰みたいにいられたらいいのに
自分の内側の大部分を支配する辛い気持ちさえ消せたら、あとは外側の小さな幸せだけでいいんだけど
常に辛さを感じる人と、たまに辛さを感じる人の違いは、
辛い気持ちが習慣になっているかどうかの違いだと思っていて、
ある一定期間ずっと辛さを感じずにはいられない状況や観念があった人は、
それが当たり前になって抜け出せなくなっているんじゃないかと思う
もし環境のせいで辛さを感じているとしても、正しい判断ができる人は、そこからすぐに違うところへ移るけど、
辛さが癖になっている人は、無意識に辛い環境こそ自分にふさわしいと思ってしまう
自ら辛い環境や辛い人間関係を求めて浸かりに行く人もいる
人権を持っているということを実感する機会がないと、知らないままずっと不幸病を抱えて生きることになる
小さいことに嬉しくなったり、気分が良くなったりするということは、
小さいことに悲しくなったり、気分が悪くなったりするということでもあるから、
それに関してはどうしようもないけど、自分の外側で起きることは支配も操作も出来ないから、
せめて自分の内側だけは、糊付けされたシーツみたいに、ボールペンのインクの匂いみたいに、湖の水面みたいに、初夏の木陰みたいにいられたらいいのに
無題
みんな絶望感に蓋をして生きてる
楽しくないのに笑って、楽しい時には戸惑って笑えない
絶望を直視したら、一瞬で砕け散って元には戻れないと、
頭のどこかで分かってるから、痛い部分をわざと痺れさせる
本当は大きな声で泣きたいし、大きな声で叫びたいし、笑ったりもしたい
心が震えるような出来事を起こしたいと願っている
抜け出せないと、変わらないと諦めながら、
奇跡は自分で作り出さなきゃいけないことも知ってる
粉々に崩れた自分を、一つずつかき集めて繋ぎ合わせるのには時間と労力を要する
平静を装う様も通用しなくなって、
不完全でつぎはぎだらけのみすぼらしくて臆病な自分を、
周りは受け入れてくれるのか、自分自身は受け入れられるのか、
不安になって蓋はまた堅く閉じられる
でも絶望の先にある希望しか自分のことを救えないし、
簡単に手に入るものは、即席の希望ごっこでしかない
絶望の一番奥深くまで降りていかないと、全てを眩しく照らすスイッチは手に入らないように出来てる
いつか希望に出会えたら、うんと噛み締めてから、
次は別の誰かの背中を押すきっかけになって、
そういう具合で絶望と希望のループが無限に広がり、
絶望で溢れた世界に希望も満ちて、天秤が上がったり下がったりしながら、
世界には苦しいことと、素晴らしいことの両方が存在していて、
それを自由に選ぶことが出来る、と認識できたならそこからやっと始まる
楽しくないのに笑って、楽しい時には戸惑って笑えない
絶望を直視したら、一瞬で砕け散って元には戻れないと、
頭のどこかで分かってるから、痛い部分をわざと痺れさせる
本当は大きな声で泣きたいし、大きな声で叫びたいし、笑ったりもしたい
心が震えるような出来事を起こしたいと願っている
抜け出せないと、変わらないと諦めながら、
奇跡は自分で作り出さなきゃいけないことも知ってる
粉々に崩れた自分を、一つずつかき集めて繋ぎ合わせるのには時間と労力を要する
平静を装う様も通用しなくなって、
不完全でつぎはぎだらけのみすぼらしくて臆病な自分を、
周りは受け入れてくれるのか、自分自身は受け入れられるのか、
不安になって蓋はまた堅く閉じられる
でも絶望の先にある希望しか自分のことを救えないし、
簡単に手に入るものは、即席の希望ごっこでしかない
絶望の一番奥深くまで降りていかないと、全てを眩しく照らすスイッチは手に入らないように出来てる
いつか希望に出会えたら、うんと噛み締めてから、
次は別の誰かの背中を押すきっかけになって、
そういう具合で絶望と希望のループが無限に広がり、
絶望で溢れた世界に希望も満ちて、天秤が上がったり下がったりしながら、
世界には苦しいことと、素晴らしいことの両方が存在していて、
それを自由に選ぶことが出来る、と認識できたならそこからやっと始まる
20160209
無題
ここ数日寒気が続いて、今日はついに頭も手も動かず気分もクソみたいな感じだったので、
13時前に早退して、下り電車に乗った
窓から入る陽が、車内や人々を照らし、建物に遮られ影になり、また照らし、パタパタパタパタとなるのを見ていた
お年寄りや、子供連れのお母さん、大学生、満員電車には乗らなくてもいい人たち
ゆったり流れる時間の中で生きている人たちは結構いる
電車を降りて、駅中の中華料理屋で半ラーメンと半チャーハンを食べて、そうだ具合悪かったんだと思い出し、
ツタヤに行って、DVDを選んで(この間、インターステラーを勧められて、観たら面白かったので、ゼログラビティとメメントを借りた)
もう家に帰っちゃおうかなと歩き出すものの「医者行ったら」と偉い人に言われたのを思い出し、行かなかったらただのサボりになるし、でも風邪じゃないし、悩んだ挙句来た道を戻り、地図で調べながら、知らない道を通り、南国の木を見つけたりしながら、住宅街の真ん中にある、古い診療所に着いた
建物も看板もなかなかに古く、昭和を感じた
重くて向こう側が見えない扉を開けると、右側に靴箱があり、えんじ色のスリッパと、藍色のスリッパが並んでいて、私は藍色のを選んで、すのこの上で履き替えた
午後の診療の開始時刻まで10分ほどあったので、保険証を小さな箱に入れて、長い椅子に腰掛けた
おばさんとおばさんと若い女の人も後から来て、長い椅子に座った
1990年のような空気が流れる空間で、手に取った雑誌には2015年12月号と書いてある
受付の小窓が開いて、看護師さんに渡された問診票を書いた
名前を呼ばれて診察室1番に入ると、気さくな女の先生がいて、
私の話を聞いて、そうだよね〜大変だよね〜と話を聞いてくれた
生理前の心身の症状は5年くらい我慢していたので、行って良かった
漢方が効くかどうかはわからないけど、気さくな先生と話すとそれだけで良くなったような気になるので、
世の中の外科とか救急とか以外のお医者さんみんな気さくだったらいいのに
先生「運動する時間なかったら靴変えるだけでも違うよ、何だっけリーボックの名前忘れたけどいいやつ、〇〇さん(看護師さん)リーボックのあれ何だっけ」
看護師さん「ああリーボックの、いいですよね、何でしたっけ」
私「リーボックの、いいやつ、効くんですか、調べてみます」
というスーパーどうでもいい会話に超癒された
正直ストレスなければ気分も体調も良好になるだろうけど、
ストレス浴び続ける状態に慣れることは出来ても、ストレスに慣れることはないから、
1日でも早く、穏やかな人間関係と、自由な時間の中で暮らせるようになりたいということばかり考えている
診療所を出て、駅を通り抜けて、信号待ちしながら、明るい時間に帰れるなんて、いつぶりだろうと考えた
13時前に早退して、下り電車に乗った
窓から入る陽が、車内や人々を照らし、建物に遮られ影になり、また照らし、パタパタパタパタとなるのを見ていた
お年寄りや、子供連れのお母さん、大学生、満員電車には乗らなくてもいい人たち
ゆったり流れる時間の中で生きている人たちは結構いる
電車を降りて、駅中の中華料理屋で半ラーメンと半チャーハンを食べて、そうだ具合悪かったんだと思い出し、
ツタヤに行って、DVDを選んで(この間、インターステラーを勧められて、観たら面白かったので、ゼログラビティとメメントを借りた)
もう家に帰っちゃおうかなと歩き出すものの「医者行ったら」と偉い人に言われたのを思い出し、行かなかったらただのサボりになるし、でも風邪じゃないし、悩んだ挙句来た道を戻り、地図で調べながら、知らない道を通り、南国の木を見つけたりしながら、住宅街の真ん中にある、古い診療所に着いた
建物も看板もなかなかに古く、昭和を感じた
重くて向こう側が見えない扉を開けると、右側に靴箱があり、えんじ色のスリッパと、藍色のスリッパが並んでいて、私は藍色のを選んで、すのこの上で履き替えた
午後の診療の開始時刻まで10分ほどあったので、保険証を小さな箱に入れて、長い椅子に腰掛けた
おばさんとおばさんと若い女の人も後から来て、長い椅子に座った
1990年のような空気が流れる空間で、手に取った雑誌には2015年12月号と書いてある
受付の小窓が開いて、看護師さんに渡された問診票を書いた
名前を呼ばれて診察室1番に入ると、気さくな女の先生がいて、
私の話を聞いて、そうだよね〜大変だよね〜と話を聞いてくれた
生理前の心身の症状は5年くらい我慢していたので、行って良かった
漢方が効くかどうかはわからないけど、気さくな先生と話すとそれだけで良くなったような気になるので、
世の中の外科とか救急とか以外のお医者さんみんな気さくだったらいいのに
先生「運動する時間なかったら靴変えるだけでも違うよ、何だっけリーボックの名前忘れたけどいいやつ、〇〇さん(看護師さん)リーボックのあれ何だっけ」
看護師さん「ああリーボックの、いいですよね、何でしたっけ」
私「リーボックの、いいやつ、効くんですか、調べてみます」
というスーパーどうでもいい会話に超癒された
正直ストレスなければ気分も体調も良好になるだろうけど、
ストレス浴び続ける状態に慣れることは出来ても、ストレスに慣れることはないから、
1日でも早く、穏やかな人間関係と、自由な時間の中で暮らせるようになりたいということばかり考えている
診療所を出て、駅を通り抜けて、信号待ちしながら、明るい時間に帰れるなんて、いつぶりだろうと考えた
20160208
無題
運動神経が鈍いと、身体が思い通りに動かない
走ったり跳んだり踊ったりできない
スクールカーストの頂点が、フットボールプレイヤーとチアガールだなんて
言葉や色や音を、魔法で自由に操って、
彼らがランニングする芝生を水色に変えて、
彼女たちの声援をテルミンの音色に変えて、
ピラミッドをぶっ壊そう
歯が痛いの気のせいだといいな
走ったり跳んだり踊ったりできない
スクールカーストの頂点が、フットボールプレイヤーとチアガールだなんて
言葉や色や音を、魔法で自由に操って、
彼らがランニングする芝生を水色に変えて、
彼女たちの声援をテルミンの音色に変えて、
ピラミッドをぶっ壊そう
歯が痛いの気のせいだといいな
20160131
無題
みんながどんどん大人になっていく
戸惑ってもがきながら、強い気持ちを持って、前を見つめて、人に優しくしたいと願う姿や変化を、数年にわたり側で見ることが出来た私はとても幸運で、一方自分自身の変化と進化と成長は?誰かがちゃんと見届けてくれている?と寂しくもある
16歳でこころの成長が止まった私は、年下のお姉さんたちにびゅんびゅんと追い抜かれていく
見えなくなるまでずっと彼女たちの背中を目で追うのかもしれない
戸惑ってもがきながら、強い気持ちを持って、前を見つめて、人に優しくしたいと願う姿や変化を、数年にわたり側で見ることが出来た私はとても幸運で、一方自分自身の変化と進化と成長は?誰かがちゃんと見届けてくれている?と寂しくもある
16歳でこころの成長が止まった私は、年下のお姉さんたちにびゅんびゅんと追い抜かれていく
見えなくなるまでずっと彼女たちの背中を目で追うのかもしれない
20160130
無題
今日から自由だと思ったら本当にそんな気がしてきたのですごい
思い込みの呪縛は強いから、出来ないとか仕方ないとか好きとか死ねとか、
世界に溢れる感情の大部分は思い込みや刷り込みで、
純粋に湧き上がる気持ちはその中のほんの数パーセントなのではと思ってしまう
私は自由になったので、どこへでも行きたいと思うことが出来るし、そこへ行くことが出来る
しばらく思い出さないようにしていた気持ちも、たまにはフタを開けて酸素を送り込んで、小さな火を大切にしたい
新宿は3℃で、雨だった
ベンチは濡れていて座れなかったけれど、以前と同じようにビルは建ち並び、たくさんの窓が光っていた
まだ誰にも言っていないけれど、勉強したいことがあるので、近いうちに始めたい
私のどうしようもない想像を、形にするのに役立つと思う
得意なことや誰にも負けないことなんてないし、どうせ一つのことをコツコツやったところで才能が開花するわけでもなく特に何にもならないだろうから、色んなことが少しずつ出来て何にもなれない方が楽しい
あくまでも手段は手段でしかない
自分の意思と全然関係ない日々がいずれ全て意味になって、今失くしてる優しさとか鈍ってる気持ちが全部プラスマイナスプラスにならないと採算が合わないので頼みます未来マジで
思い込みの呪縛は強いから、出来ないとか仕方ないとか好きとか死ねとか、
世界に溢れる感情の大部分は思い込みや刷り込みで、
純粋に湧き上がる気持ちはその中のほんの数パーセントなのではと思ってしまう
私は自由になったので、どこへでも行きたいと思うことが出来るし、そこへ行くことが出来る
しばらく思い出さないようにしていた気持ちも、たまにはフタを開けて酸素を送り込んで、小さな火を大切にしたい
新宿は3℃で、雨だった
ベンチは濡れていて座れなかったけれど、以前と同じようにビルは建ち並び、たくさんの窓が光っていた
まだ誰にも言っていないけれど、勉強したいことがあるので、近いうちに始めたい
私のどうしようもない想像を、形にするのに役立つと思う
得意なことや誰にも負けないことなんてないし、どうせ一つのことをコツコツやったところで才能が開花するわけでもなく特に何にもならないだろうから、色んなことが少しずつ出来て何にもなれない方が楽しい
あくまでも手段は手段でしかない
自分の意思と全然関係ない日々がいずれ全て意味になって、今失くしてる優しさとか鈍ってる気持ちが全部プラスマイナスプラスにならないと採算が合わないので頼みます未来マジで
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