9/3
楽しいパワーと、悲しいパワー、どっちの方が強いんだろうね、
ほんの些細なことがきっかけでひどく悲しくなったり、なんならわけもなく突然悲しくなったりする
自分のこと、大事にしたいのに、仕事中、死にたい死にたいってずっと思ってる
怒りの時期を超えて、というか怒るエネルギーがなくて、負の気持ちが、今度は内側に向いている気がする
友達としたいこと、想像して、楽しい気持ちになろうとしても、すぐに正体不明のつらい気持ちが襲いかかってきて、大きな波みたいに、簡単にのまれてしまう
お昼に交番の前を通ると、本日の交通事故の死亡人数2人と書いてあって、いつもは、0って書いてあるのに、と思った
道行く人は、午後にそなえて、みんな傘を持っていた
いつか何も気にせずに、安心した気持ちで、晴れ晴れとした気持ちで、毎日を過ごせるように、なるのかな、どうして不安になったり、悲しくなったするんだろう、もう大人なのに
前にゲームで人を作った時に、陰鬱な性格に設定したら、彼は一定時間ごとに理由もなく悲しい気分になって、大変だろうなと思った、植物が好きな性格でもあったから、庭で木を見たりすると、気分が良くなっていた、あと陰鬱な性格は、創造力とセットになっていて、落ち込みやすいぶん、アイデアや表現にすぐれていて、私はそのキャラクターのことが、結構好きだった、けど、現実世界で、気分がめちゃくちゃな私のことを、人間らしいとか、興味深いと感じて、見捨てないでいてくれる人なんて、そんなにいない、数人しかいない
数人いればいいんだけど、たぶん私が自分のこといつもだいたい見捨ててて、それがすごく悲しいよね、
9/7
安産のお守りを買いに行って、そのあと絵を見に行った
楽しそうな絵が見れてとても良かった
楽しいことをするのはいい
そのあとセブンイレブンでカットりんごを食べながらお手紙を書いて、新宿の大きな郵便局に行って、お守りと一緒に送った
友達やいとこの元に生まれてくる人はいいな、優しいパパとママの元で育って、きっと素敵な人になるね
私は優しいパパとママの元に生まれてこれなかったけど、素敵な人になれるように、頑張って生きてるよ
頑張ってることを、周りにアピールするのって、くだらないし人の時間奪うのやめなよって思うんだけど、ほんとは自分でも頑張ってないことに薄々気づいてるから、せめて人から頑張ってるって思われたいのかもね
でも私はそういうのダサいし意味ないと思うからあんまりしたくない、それよりも、自分に対して、自分頑張ってるよね!っていうほうがいいな、だっていつもこんなんじゃだめだって思っちゃう、90できてても、10できてないから、できてないでしょ!だめでしょ!ってなる、かわいそう、0できてて100できてなくても、ほんとはいいんだからね、いるだけでいいんだから
お店でケンタッキーを食べた、ケンタッキーを一緒に食べられる人は、仲良い人って決まってる、手がべとべとになるし、軟骨とかを限界までボリボリ食べてるのを見られるの恥ずかしいし、肉を手に持ってかぶりつくのって、いかにも食欲って感じだから、自分が欲望をむき出してるところは仲良くないと見せられない、なぜだろう
電車とかで、なめられて、よこはいりされたり、濡れた傘当てられたりするのやだし、見えるところにタトゥー入れて、金髪にしたいって言ったら、注意された、ダサいから考え直したほうがいいし、さらにバカにされるから効力ないって教えてくれた
私は時々客観性に欠けることがあるから、教えてくれる人がいるとうれしい
一緒にいる間に何度もごめんって言われて、罪悪感を抱かせるのは、なんでかなって考えたら、私は基本的に、人に何も預けてない、迷惑をかけない、かけても倍の気持ちで償ったりお礼するから、だからお互い様って思ってもらえないんだな、隙がないってこないだ注意してもらったばっかりだし、人にお願いしたり、頼ったりしたら、相手も、うれしいって、思うんだよって、みんなはエリちゃんと仲良くなれるって思ってるし、いつでも手を広げて待ってるよって、でも私だけが怖がって、飛び込まないでいる、それは、全然お互い様じゃない
でも私は自分のこと4歳だと思ってるから、(去年3歳のお誕生日をお祝いしてもらった)もっと迷惑かけたり、ワガママ言ったりして、みんながお互い様だよねって思うようになりたい
楽しそうな絵を見て、楽しんで描けて良かったって思った
私は何も形にできてないから、いつもだめだって思ってて、絵も描いてないし、音楽もしてないし、文章も最後までちゃんと書けたためしがないし、写真も映像も最近じゃ全然で、何も作ってない、何もできない、役に立たない、価値のない人間って思ってしまう(世の中、作らない人の方が多いけど、別にそれはよくて、他人を否定するつもりは一切なくて、何かしてないとだめなのにって、自分に強いるこの考えが歪んでるんだけど、それに気づいたものの、何もしてなくても不安にならずに、自分はいていい、価値あるって思うにはどうすればいいのかが、わからない)
でも、自分が何もできてなくても、絵や音楽やお話や映像や何かを全く作ってなくても、ただ、毎日、一生懸命、生き抜くことを、ただ見守ってくれている人たちも、いるのかなって、思った
私が、怒ったり泣いたりしながら、進んでいるのを、遠くから見ててくれて、いつか笑ってる時間の方がながくなるといいねって、望んでくれてる人たちがいるかもねって、思った、生きるだけで誰かの励みになれるかな?
9/9
台風が過ぎたあとは、街に、ちぎれた葉っぱの匂いが充満してる
9/11
道を歩いていて、ピアノを練習する音が聞こえると、ラッキーって思う
窓の外に漏れる、くぐもった音が、弾いている人の気配を感じさせるからかもしれない
雨が降ってきて、ただ時間を潰している人も、傘を開こうとしている人も、みんな駅の中に入って行って、私はカバンの中に折り畳み傘があったけど、ささずに歩いた
ほんの10秒間だったけど、新宿駅の南口に面する大きな歩道には、私しかいなかった
紺色のシャツは、黒色の小さなシミだらけになった
誰もいないと安心する
9/13
涼しいの好きだ
空が大きな空洞だとわかるくらい遠い
雲が透けるくらい月がまぶしい
道の木から、知らない花の匂いがして、週末だと思った
平日も五感を殺さずに生きられたら、どんなにいいだろう
9/16
頑張って自分のこと前より好きになれたかもと思っても、そのあとすぐまた自分のこと何もできなくてだめで劣ってて許せないと思ってしまう
1年のうちほとんど、不安で悲しい気持ちでいるけど、昔からそれが当たり前すぎて、つらくない状態がどういうものなのか分からないし、どうすれば悲しい日が減るのか分からない
ほんのちょっとのことがきっかけでスイッチが入ると、そこから冷静になれるまで、数日、数週間、数ヶ月かかることもある、それもつかの間またすぐに別のことでスイッチが入る
こんなに不安定で落ち込んでばかりの辛気臭い人間と一緒にいたらきっとうんざりして、みんな愛想尽かしちゃうし、嫌いになっていなくなっちゃうと思って、また悲しくなる
でも嫌いにならないし、いなくならないし、何度でも言うって言ってくれる人がいて、良かった、私の子供のままの部分を見てくれて、親になってくれる、わがままを言う練習に付き合ってくれる
依存して負担にならないようにしたい
私が悲しくなるのも、不安になるのも、色んなことが怖いのも、人と比べるのも、劣等感があるのも、自分が嫌いなのも、全部私のせいじゃないらしい、何も知らない人は無責任とか努力しろとか思うかもしれないけど、でも年中雨ばかり降る国のようなもので、だから傘をさすか、雨が少ない暖かい国に移住するしかなくて、前の私は、雨が降ったら自分から雨に打たれに行って、溺れなきゃいけないと思っていたけど、最近は、雨が降っててもだいたい我慢して、時々思い出せた時は、人からもらった傘をさせるようになった
こんな風に立派に素直に育ったことが奇跡だって言ってくれる、こんな風に生きてることが奇跡だって言って泣いてくれる
私も私にそう思えるようになりたい
9/17
アンプとエフェクターが内蔵された人間なのかも
昨日の夜、家に巨大な最悪な虫が出て、心臓が狂ってしまって眠れなかった、朝起きたら、洗面所床にヒモみたいな気持ち悪い虫が這っていて、また心臓が狂った
原宿のスケボーショップをいくつか見た、スケーターの人たちはみんな優しそうということがわかった、こわくなくてよかった
こわいものが、本当に本当に本当に多い、他の人からすればこわくないのかもしれないけど、あらゆるものがこわくて、本当に本当に困っちゃうな
恐怖に打ち勝つ方法なんてないと思ってる、こわさの感じ方は人によって違うから、そんなにこわさを感じない人と同じようにはなれないし、そういう人の大丈夫は信用ならないと、何度思ったことか
9/20
泣いたら目が腫れて、眠たくなって、悲しいのに安心する、やだね、
9/21
みんなのこと好きで、これからもっと安心できる気がして、うれしくて、涙が出た
嫌いにならないって言ってた
こうしたら嫌われるかもとか、愛想尽かされるかもとか色々考えちゃうけど、それは私の勝手な想像で、実際は全然そんなことないのもしれない
9/22
今日は一人でお出かけできた
スケートショップの店員さんは全員やさしい、怖そうに見える人も全員やさしい、すごい、イケてそうな人はみんな怖いし、イケてない人のこと下に見てると思ってたけど違った、本当にイケてる人は、人のこと見た目で判断したり見下したりしないんだな
9/25
生まれてから何十年もずっと、砂利の上に薄いゴザ敷いて寝てるとするじゃん、例えば、
そしたら、ある日、世の中にはフカフカのベッドというものがあるらしいということを知って、衝撃を受けるわけです、しかも何やら、みんなずっとそれで寝てて、それが当たり前だということに、また衝撃を受けるわけです、でも自分なんかがベッドに寝る資格ないって瞬時に思って、他人事として済ますんだけど、だってそんな資格ないからずっとゴザだったわけだし、自分がもしベッドで寝るのに値する人間だったら、最初からそうしてるはず、そうじゃないってことは、つまりそういうことだ、って思って、もう考えるのやめるでしょ、
でも、時間が経つにつれて、そうかあ、いいなあ、ベッドかあ、ベッドで寝てみたいなあ、柔らかいんだろうなあ、って少しずつ思うようになって、
ついにベッドを買って、部屋に置いて、ドキドキしながら横になってみたら、思ってたより柔らかくて、驚きと緊張で全然眠れないわけ、でもせっかく買ったんだし、ずっと欲しかった夢のベッドだしって、何日か寝てみるんだけど、
なんか違うかもってなって、どんどん自信なくなってって、そもそもベッドに寝る資格あるのかって、また考えちゃって、で、ついに、ホームセンターで砂利とゴザ買ってきて、ベッドの横の床に砂利とゴザを敷いて、そこで寝るの、そしたら、すごい痛いし、寒いし、最悪なんだけど、でも安心するんだよね、よく眠れるわけではないんだけど、すごい不快だし、でも何十年も繰り返してきた、刷り込まれてきた状態って、最悪だったとしてもそこに留まりたくなっちゃうもので、そうしてるうちに、それがしっくりきてるって感じると、やっぱり自分は痛い思いをして、寒い思いをして、それがふさわしい人間なんだって、改めて思っちゃう、抜け出したいのに、柔らかいベッドは、すぐ横にあるのに、それを選べなくなっちゃう、
みたいなことが、ずっと起こってる、
でも自分を大事にしてない人って、周りの心無い人間もそれ見て、あ、コイツって、大事にしなくていいやつなんだ、雑に扱って、傷つけていいんだって判断するから、結局嫌な目に合うこと多いような気がする、自分のこと傷つけていいのは、自分だけなのにって、怒りがわくこともあるけど、それは実は違ってて、自分のこと傷つけていい人なんていない、自分でもだめなの、
でも前は、自分のこと大事にしたいとすら思ったことなかった、自分大嫌い最低価値が皆無もっと辛い目にあって存在の罪を償わなきゃいけない、それか自分の全てを犠牲にしても自分以外の全ての、存在が優れた人々の役に立たなきゃいけない、って思ってたから、今考えるとかなりいかれてるけど、ほんとにそう思ってた、洗脳、
今は、自分も楽しいって思えるようになりたいし、自分のこと好きって思えるようになりたいし、いいところあるかもしれないし、平均より優れてる部分もきっとあるし、たとえ何もしてなくても、役に立たなくても、それでも価値があるって、思ってもらいたいし、思いたいし、わがままを言う練習もしてるし、人の好意に甘える練習もしてる、4さい