ダイヤモンドに価値を感じない側の人間として生まれたのが、
幸せなのか不幸せなのかは、まだ分からない。
百貨店のショウケースに並べられたダイヤモンドを眺めて、
大きなため息をつきながら、
あーあ、いつか私も男性からダイヤの指輪をもらって、もちろん笑顔で頷いてね、
それから子供を産んで、年に1度は旅行に行って…。
想像しただけで、頭が痛くなりそう。歯も痛む気がする。
ダイヤの指輪、いらない。子供、自分も子供なのに産めない。
旅行、ほぼ行ったことないし、お腹の調子が悪くなる。
そういう側の人間になれなかった宿命を背負って生きていくしかない。
アラシや三代目ジェイソールブラザーズに夢中になったり、
ディズニーグッズを集めたり、そういう側になれなかった。
だから大多数が受け入れる当然のことに疑問を抱くし、
誰も気にしないことを気にする。
もう大人なのに、お風呂場でトリートメントを流しながら、
どうしてこの時代に生まれてしまったんだろう、
どうして人間に生まれてしまったんだろうとか思いながら泣く。大人なのに。
みんなとは違う特別な私。と思って優越感に浸れるのなら、まだマシだろうけど、
世間一般や大多数の中にいるのは、とても苦しい。大気が違う星にいるみたいに。
自分の居場所はどこなんだろう。そもそも居場所なんてあるんだろうか。
全然いいと思わないのに、ダイヤモンドきれいですねって言わなきゃいけない。
川や湖の表面に反射する光の方が、ダイヤモンドよりずっときれいだよ。
誰のものでもないし、決して手に入らないから、よっぽど価値がある。
でも一日中川を見ていたら、頭がおかしいと思われるし、
ダイヤモンドきれいですねって笑顔で言わないとお金もらえないから、
部屋も借りれないし、ご飯も買えないし、生きていけない。つらい。
川原の石にぎにぎして、水面の光を見ていたい。
若者は夢を持てと言われる。いつの間にか、いつまで夢見てんだと言われる。
夢に年齢もクソもあるかテメエに迷惑掛けてねえだろクソがと思う。
でも歳をとっても夢を持っていたら、すごいわねと言われる。
うるさいし面倒なので、親しくない人には、簡単に夢を教えちゃいけない。
いつまでもここにいちゃいけない。ダイヤモンド全然欲しくない。
現実逃避じゃなくて、現実的に逃避しなくては。
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