20160210

無題

ごはんがおいしいとか、団地のベランダに布団が干してあって今日は天気がいいなとか、雨が降ってよく眠れたとか、自分の外側で起きる幸せな出来事なんてものは、本当に些細でいい

自分の内側の大部分を支配する辛い気持ちさえ消せたら、あとは外側の小さな幸せだけでいいんだけど
常に辛さを感じる人と、たまに辛さを感じる人の違いは、
辛い気持ちが習慣になっているかどうかの違いだと思っていて、
ある一定期間ずっと辛さを感じずにはいられない状況や観念があった人は、
それが当たり前になって抜け出せなくなっているんじゃないかと思う
もし環境のせいで辛さを感じているとしても、正しい判断ができる人は、そこからすぐに違うところへ移るけど、
辛さが癖になっている人は、無意識に辛い環境こそ自分にふさわしいと思ってしまう
自ら辛い環境や辛い人間関係を求めて浸かりに行く人もいる

人権を持っているということを実感する機会がないと、知らないままずっと不幸病を抱えて生きることになる

小さいことに嬉しくなったり、気分が良くなったりするということは、
小さいことに悲しくなったり、気分が悪くなったりするということでもあるから、
それに関してはどうしようもないけど、自分の外側で起きることは支配も操作も出来ないから、
せめて自分の内側だけは、糊付けされたシーツみたいに、ボールペンのインクの匂いみたいに、湖の水面みたいに、初夏の木陰みたいにいられたらいいのに



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